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WORLD ヘキサギアの世界

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EPISODE : 001

高速で走行していた機体が、何かに引っかかって急停止した。

振り落とされなかったのが不思議なくらいで、視線を上げると偽装された鋼線が何本も水平に張り渡してあるのが見えた。

直前でRAY——レイブレード・インパルスに搭載されたKARMAが急減速を掛けたのはこれか、と気付いたところで横殴りに弾き飛ばされていた。

壁にしたたかに身を打ち付ける。アーマータイプを身に着けていても立て続けの衝撃で息が詰まる。

横倒しになった視界の中で、追ってきたボルトレックスがテイルブレードを悠々と収納している。何体ものセンチネルが鋼線に絡まったレイブレード・インパルスを取り囲んでいた。

「やめろ……」

センチネルがコンソールに触れようとして、RAYが自閉モードに移行する。ヘキサグラムの駆動が急速に落ちていく音が、RAYの溜め息のようにアッシュの耳に届いた。

視界外でボルトレックスから降りたセンチネルが近づいてくる足音がする。

 

 

薄暗い室内。打ち捨てられた倉庫か何かの中にアッシュはいた。

気を失っている間にアーマータイプを引き剥がされ、インナースーツがむき出しになっている。拘束された全身が鈍く痛み、吐く息は白い。

ここはかつて北欧と一括りにされていた一帯で、外にはまだ雪が多く残っていた。今の時刻など知る由もないが、防寒仕様のインナースーツでも凍えるほど冷える。

機械化した右腕の義手が冷え切って、その冷たさが全身の熱を奪っていく。

どこかで鉄扉が開閉する音がして、独特の重い金属質の足音が近づいてきた。

突然、目の前にアーマータイプのコンバットヘルムが落ちてきた。いやに重い音を立てるそれは弾むこともなくごろりと転がって、大きくへこんだ尖頭部をこちらに向けた。

思わず息を呑む。

見覚えのあるペイント。自分が装備していたものではなかった。

アースクライン・バイオメカニクスの施設から追われるように進発した際、散り散りになる中で最後まで同行してくれたガバナーたちのものだった。

一体のセンチネルがアッシュを見下ろしていた。機械的に動くセンサーの特徴や佇まいから、それがアーマータイプではなくパラポーンであることが知れた。

全身の痛みや寒さも忘れて睨み返す。自分の眼球内に移植された義眼部品が、パラポーンとそっくりな動作反応をしていた。

「……人類の存続のため、私はプロジェクト リ・ジェネシスに賛同し参加した。汝と我らの未来に……」

電気信号から再現された不自然な音声が流れだす。小さな声だったが、薄闇の中にはひどく響いた。

「お前は、自分の名前を覚えているのか……お前のことを覚えているヤツは、いるのか」

思わず、震える声が零れだす。

「私はID j27ddffe673ライン・バイロウ。MSGヴァリアントフォース 第2ヘキサギア大隊 特務部隊の隊長である。私のかつての同胞も多くがジェネレーターシャフトに居場所を移した。我々は今でもジェネレーターシャフトを通じて繋がっているのだ。」

「……それは本物の記憶なのか」

問いかけるうちに思い出していた。名前も聞けなかったあの大尉が、ラフネックスなる武装勢力と連絡を取っていたことを。

「技能や記録を人格に吊り下げて機能を拡張していくんだろう。改竄されたデータの集合体が、実在した人間だったのかも疑わしい……」

その時、小さな物体がセンチネルの手元から落ちて、軽く跳ねて床に転がった。

アッシュはセンチネルが手元で何かを弄んでいるのに気付いた。アースクラインの施設でさえ何度も見かけた、ありふれた簡易記憶媒体が何本か。機械の指で器用に重ねたり並び替えたりしている。

身を起こしてそれを見つめた。

「おい、それはなんだ。まさか」

「確かに私は記憶と人格を電子情報に変換した。もはや肉体が実在したかどうかもどうでもいい。しかしこの中に圧縮された誰かについての貴様の意見はどうかな」

残るメモリも床に散らばった。

「貴様は生体のまま回収することになっている。SANATの提示する作戦目標がそれなのだ。その義手に義眼、使いこなせるなら情報体となっても高機能の個体であったろうに」

ライン・バイロウと自称するセンチネルは、そう言いながらハンドアックスを手に取った。

「SANATは何に執着しているのだ?」

ハンドアックスをゆっくりと振り上げていく。こびり付いた黒っぽい汚れが、部屋の薄暗がりに溶け込んでいく。

「お前、何のつもりだ……」

踏み出した足が簡易記憶媒体を蹴散らし、ハンドアックスが振り下ろされる。

 

その手が止まっていた。

遠くから微かな地響き。天井からぱらぱらと降ってくる建材の欠片。

何らかの通信をしているらしいパラポーンの頭部の動き。

突如、壁面が爆発した。吹き荒れる爆風がセンチネルをよろめかせ、アッシュも再び床に倒れ伏す。続いて壁に開いた破孔から白いモーター・パニッシャーが大顎状のバイティングシザースを突き入れて、振り向いたセンチネルを突き飛ばした。

白いモーター・パニッシャーは前肢のグラップルブレードで壁面を崩しながら室内に侵入する。その背から飛び降りた一体のセンチネルがショットガンを構え、転倒したバイロウに連続で散弾を浴びせた。

「よお、無事だったか。俺はラフネックスのメンバーだ。ボスのイライザがそっちの大尉と話をつけてたんだが、大尉の方は駄目だったらしいな」

センチネルは撃ち切ったショットガンを投げ捨ててアッシュに近寄ると、ナイフで拘束を切断する。

「助かった。ここから脱出できるか?」

「勿論だ。お前の機体はここのガレージに保管されてる。そいつを回収したらここを出るぞ」

アッシュはセンチネルを見た。呼吸とともに上下する上体。関節の位置や動き方から、このセンチネルはパラポーンではなくアーマータイプ型と見て取った。

一足先にモーター・パニッシャーに駆け上がったセンチネルが、手を差し伸べる。アッシュはインナースーツに包まれた義腕でその手を掴んだ。

 

 

 

建物の外からしきりに撃ち込まれる砲弾がガレージに至る侵入路を爆破して切り開く。高速徹甲弾の持つ極超音速の運動エネルギーが老朽化した建物をまるごと貫通して壁に大穴を開けていた。

モーター・パニッシャーは立ちこめる煙を巻き上げながらガレージに突入した。元々建物の中庭だった仮設のガレージでは、センチネルたちがボルトレックスに搭乗しようとしている。

アーマータイプを身に着けたアッシュは、ガレージ内に素早く目を走らせてレイブレード・インパルスを見つけると、モーター・パニッシャーが制動を掛けるのも待たずに宙に身を躍らせた。偶然見つけてかき集めたアーマータイプ ポーンA1は装具が不揃いで、着地の衝撃に全身が軋む。

振り返らず走り出す背後で、モーター・パニッシャーは中空に静止してグレネードランチャーから立て続けに発煙弾を発射している。ガレージのあちこちから武器を手にしたセンチネルが現れて、モーター・パニッシャーに銃口を向けながらしきりに通信をしている。

駐機しているボルトレックスの間を走り抜けて、レイブレード・インパルスに駆け寄った。手をついて荒い息を整え、すぐに気づく。機体側面に装備されていた特殊武装レイブレードが、この機体を象徴する兵装が取り外されて無くなっている。

いまはそんなことはどうでもいい。

「おい起きろ。迎えに来たぞ」

「……声紋認証により自閉モードを解除。登録アーマータイプの信号が確認できません。まさかDr.ハインラインなのですか」

ガレージ中央ではモーター・パニッシャーがバイティングシザースで果敢にボルトレックスに掴みかかっていた。ボルトレックスの砲塔に紫色の電光が走りプラズマキャノンがチャージされ、モーター・パニッシャーは相手を振り回して狙いを定めさせまいとする。足元でセンチネルが跳ね飛ばされ、照準もなく発射されたプラズマの光条が斜めに走って壁から四角い青空までを縦横に切り裂く。残雪が瞬時に気化して高温の水蒸気が立ちこめる。

「俺だ。アッシュだ」

「……あなたが私を迎えに来るとは。あなたの登録認証は破棄されるものだと認識していました」

人間と機械の声は時折周囲の音にかき消されながら交わされる。

「お前のガバナーは俺だ」

アッシュは言った。

「ここから脱出する。協力しろ。ここにいたらお前はSANATに回収されて、ハインラインを追うのも不可能になる。レイブレードが見当たらないが、今はお前の脚が頼りだ」

そこで一度言葉を切った。脳裏に浮かぶのは傷んだコンバットヘルム。散乱する簡易記憶媒体。爆破で全て吹き飛んだ。

「仲間がまた大勢向こう側にいった。これ以上はもう、俺を助け出してくれた奴も死なせたくはない」

暫しの沈黙の後、機械仕掛けの獣は眼に鋭い光を取り戻した。

 

「イライザ、こっちはもう保たねえ! 小僧を置いて先に脱出するぞ!」

モーター・パニッシャーはエアフローターを使い上昇していく。右側のグラップルブレードが前後とも中程から破壊されていた。

隣接する区画。一帯を見渡せる高層建築上層で、長大な砲を構えた機体が地上に向けて断続的に射撃を続けている。ブロックバスターに搭乗したラフネックスのリーダー、イライザ・フォックスは眼下のボルトレックスを牽制しながら煙の充満するガレージの様子を窺う。

「あの子はどうでもいいけど、機体だけは回収しないと」

ブロックバスターの装甲風防に投影された情報が減っていく。モーター・パニッシャーが離脱したために情報が更新されなくなっていた。

「こっちはモーター・パニッシャーの修理費だけで赤字よ。まったくあの子ったら、アースクラインが機密を預けたっていう割に……」

『警告。照準を検知』

ブロックバスターに搭載されたKARMAが警告を発した。その音声が終わらないうちにスラスターが緊急始動して機体がふわりと浮き上がる。

「あ、このっ、やっぱり近付きすぎた」

『射角が取れなかったのだから仕方がない。相手もそれも見越してこの場所を選んでいる』

機体を翻して急降下、幾筋もの光条が機体を掠めていく。水平飛行に移ろうとしたところで、破壊された上階の構造物が降り注いだ。鉄骨の突き出たコンクリートの塊がスラスターを強打し、バランスを大きく失った機体が大きく傾く。

『警告。照準を検知』

「推力最大で安定補正!」

 

ボルトレックスが空を見上げ、砲塔もその動きに追随する。崩れた街並みの向こう、一際高い廃墟から飛び立った機影の動きを追ってプラズマキャノンがチャージされていく。

その背後から白い獣が飛び掛かり、瞬時に圧し潰した。

歪んだ空間が波紋のように拡がって、音もなくボルトレックスとセンチネルを圧し潰していく。僅かに遅れて、残っていた煙幕が吹き払われた。

『脚部グラビティコントローラー、正常に作動中。出力定常位置へ』

レイブレード・インパルスはひしゃげたボルトレックスの残骸を蹴散らして飛び上がり、建物の壁伝いに屋上まで一気に駆け上がった。

『残弾、チェーンガン326、グレネード8、ウェポンユニット‐インパクトエッジ ローディング中』

アッシュは操縦桿から手を離すと、アーマータイプのグローブを締めなおす。

『特殊兵装レイブレードは二基とも喪失』

「まずはここを出てラフネックスの連中と合流する。レイブレードの捜索はそれからだ」

『彼らは信用できるのですか?」

「不明だ。だが今はお前がいるからな」

『あなたがついて来られるなら造作もありません。くれぐれも振り落とされないように』

 

 

「速い」

バイロウは呻いた。

ひび割れ何かの配線が垂れ下がる建物の中から、白い獣のような機械を凝視する。

美しいと思った。あれが機械であることを忘れそうになる。

迅速、怜悧、果断……幾つもの言葉が思い出される。

「SANATはこれを求めているのか」

多数の散弾を浴びたパラポーンのボディはあちこちが壊れ、剥がれ落ち、片腕が途中から無かった。右膝の装甲プレートはなくなり、関節は歪んで正常に動作しない。

レイブレード・インパルスがしなやかな動作で向きを変える。

『ゾアテックスモード。戦闘行動を開始します』

白い獣は跳躍して視界から消えていった。

バイロウの引き摺って歩く足先が、砕け散った緑色の装甲に触れた。

銀色のブレードだけが折れず歪まず、突き立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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