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WORLD ヘキサギアの世界

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EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 09 救出

「……俺たちをどうするつもりだい…?」

マルチポッドの中、コンバットヘルムを剥ぎ取られたショウが呻いた。
VICブレードにアーマータイプの制御系を滅茶苦茶にされて身動きが取れず、流れる血や脂汗をぬぐうことも出来ない。
ここからは見えないが、隣のマルチポッドに入れられたゲイザーアイのガバナーも同様だろう。

 


 

森の中に一棟だけ残る古い工廠跡。建物を構成する壁や柱だけが文字通り形骸化して残り、各階の老朽化した床は中央がほとんど崩れ落ちて吹き抜けのようになっていた。
がらんとした一階の床に積み上げられた何かが燃やされ、尋問を愉しむパラポーン・ミラーが暗闇の中で炎に照らされている。その長い髪の美しい影絵を、フレデリクは階上から眺めていた。

「カワイイ子たちね……まだ生かしているのはアンタの趣味な訳?」

しばらくして、フレデリクは屈強な肉体をくねらせながら細い階段を下りていった。
フレデリクは廃墟の片隅に転がる無残なヘキサギアたちを横目に見る。それらは過去の戦闘で撃破された機体であり、すでにガバナーも不在となっていた。わざわざここに運び込んでいるのは、機体パーツを選別して回収するためだった。
しかし今はその作業が進んでいない。理由は目の前にいるパラポーン・ミラーが他のことに夢中になっているからだ。

「いちいちうるさいわね。貴方の仕事は外を監視することでしょう。中のことには口を出さないで」

ミラーは長い髪を耳にかきあげながら鬱陶しそうに言う。
一通り愉しんだ後、ここにある古いマルチポッドを使って二人を情報体に転換する算段だった。

「アンタがどうなろうと知ったことじゃないけど、SANATに黙ってそんなことしちゃって後で粛清されても知らないわよ。あたし、巻き添えはゴメンだもの」

フレデリクはミラーの不愛想な態度も気にしない様子で、埃の積もった階段の手すりにもたれかかりながら話を続ける。
それはこの建物に入った時から何度も繰り返してきた問答だった。

「ずっと言ってるでしょう。貴方が余計なことさえしなければ何も問題ないのよ」

よほど癇に障ったのか、ミラーはおもむろにガンナイフを抜きフレデリクに向けた。

「ヒステリックな奴。戦闘用でもないパラポーンの機体で、あたしと闘ろうっていうの?」

フレデリクは挑発するように笑った。
やはり生身の人間とは合わない。ミラーは躊躇なく引き金を引いた。

「アンタみたいな癇癪持ちは嫌いよ!」

フレデリクは階段を飛び降りて素早く駆けだすと、床に散らばった瓦礫を蹴り上げて盾にする。

「シロメ、やっぱりコイツとは合わなかったわ! 悪いけど帰り支度をしておいてちょうだい」
『了解』

廃墟の外、フレデリクの愛機イワヅツに搭載されたKARMAが応答する。

「アンタみたいな野郎とは最初から組みたくなかったのよ」

ミラーが軽快な運動能力を活かして壁を蹴り、三角飛びでフレデリクの頭上を取った。
しかし、ガンナイフから放たれる銃弾は装甲に守られた右腕に弾かれる。
フレデリクは腕を伸ばして宙を舞うミラーの髪を引っ掴むと、その顔面に思い切り拳を叩きこんだ。足をもつれさせたミラーがくずおれる。すかさずフレデリクが強烈な蹴りを放つと、ガンナイフがミラーの手を離れて床を転がっていく。
ミラータイプのパラポーンは潜入工作の為に生体部品を多く使い、ヒトに似せた外観で作られている。その為、躯体を構成している骨格は細く軽く、表層部も人体同様の耐久度になっている。殴打された箇所からは赤い血が流れ、凄惨な出で立ちとなっていた。

「SANATに対する異常な入れ込みようと、相反する逃避行動。アンタ、“はぐれ情報体”ね」
「だれが! 私をあんな奴らと一緒にするな!」
「アンタ、自分でも気づいていないのよ……、っ!?」

不意に背後に異様な気配を感じ、フレデリクはその場を飛び離れてハンドガンを構える。
いつの間にか、ミラーのヘキサギアが音も無く天井から垂れ下がり、無数のセンサーで見下ろしていた。

「ハイドストーム……!」

建物の中央で、燃え盛る炎から生木が弾けるような音がする。
ハイドストームが宙を動く。
ミラーの背後で髪のようにゆらゆらと揺れ広がる機械の触腕。
口元を流れる赤い液体を指で拭い、その色を見ながら一言だけ強い口調で発した。

 

「ぜッ対許サなイ」

 


 

建物内で散発的に響いていた銃声も止んでいた。
イワヅツがソニックアクスを構えて工廠廃墟に近づいていくと、1階の壁を破って黒い影が飛び出してきた。
地面へ叩き付けられたフレデリクは左腕を押さえながら、愛機へと呼びかける。

「離れろ!」

ハイドストームが建物上階の崩れた開口部からずるりと抜けだすと、滑らかな動きでイワヅツへと襲い掛かった。
軟体生物のようなテンタクルアームを鞭のようにしならせ、夜闇を切り裂いたVICブレードがイワヅツの左腕へと突き刺さり速やかに電子の毒を広げていく。
機体に異変が生じる。イワヅツのKARMA「シロメ」は意図しない挙動を確認するやいなや、左腕の電装系すべてを遮断した。ソニックアックスが落下し、地面に突き立つ。

「まズは半身、貰ッタ」

ハイドストームの中央で、長い髪のミラーの口から言葉が零れる。
イワヅツは脚部のローラーを展開して後方へ退避しVICブレードを振り払おうとするが、左脚までもが上手く動作しない。

「シロメ!」

イワヅツの光学センサーはミラーの血走った眼を拡大する。次の一撃で機体制御に重大な障害が発生するだろう。下から見上げるフレデリクにもそれが分かった。
冷たく激昂したミラーと同調するように、ハイドストームはVICブレードをイワヅツの首元に伸ばしていく。

「ソコデ待ッていなさイ。アンタも自分ノ機体に殺さレルナら本望デしょ」

フレデリクを見下ろしながら、ミラーが呟いた。
イワヅツは強引に右腕を砲撃形態へとコンバートさせ始める。自機が損壊してでも、この場で榴弾砲を発砲するつもりだった。
目の前の不器用なヒト型を見て、ミラーは嘲るように言う。

「遅イわ……」
「―――君の機体もな!」

突如、ハイドストームとイワヅツの間で激しい電閃が迸り、碑晶質のブレードが砕け散った。
暗闇の中を高速で飛び込んできた白いヘキサギアが、ICS―――インベーションカウンターシールドでVICブレードを破壊したのだ。
白いロード・インパルス“アルバ”は着地で勢いを殺すことなく工廠のそばまで滑らかに移動すると、フリットをその場に下ろし、危険な敵に単独で向かい合う。

「俺はショウたちを救出する。お前はそいつを足止めしてくれ」
『問題ありません、早く行ってください。その方が戦いやすい』

ハイドストームは新たに現れたヘキサギアに対しても、テンタクルアームを繰り出す。
六角形が並ぶ幾何学模様、ICSの形成した非実体式の障壁が夜の闇に浮かび上がる。そのなかでもVICブレードを受け止めた箇所はひと際大きく発光していた。

「すぐに戻る」

フリットはその光に背を向け、アサルトライフルを構えて工廠廃墟に単身突入していった。

 


 

建物の中は、予想外に静かだった。
塵埃の積もった古いコンクリートの床。中央で燃え盛る炎。
他に動くものの気配はない。
奥の方には古びたマルチポッド数台とヘキサギアらしき残骸の山が揺れる炎に照らされていた。
フリットはライフルにハイパーバイブレーションソードを装着し、慎重に周囲を警戒しながら歩を進める。敵の姿は無さそうだと見極めると、一気にマルチポッドの上へ駆け上がった。
薄汚れたキャノピーに剣先を突き立てる。中の人影が気づいて顔を伏せるのを確認すると、躊躇なく刀身を振動させた。
瞬時に砕け散ったキャノピーの破片がマルチポッドの中に降り注ぐ。

「大丈夫か!?」

フリットは収容されていたショウを掴み上げ、そっとコンクリートの床に下ろした。背中のパネルを開け、端子を接続してアーマータイプの動力を強制的に落とすと、まるで硬直が解けたかのようにショウの身体が緩んだ。
ゆっくりとマルチポッドに背を預けさせ、弱々しい手に飲料水のボトルを握らせる。

「……もうひとり、いるんだ」
「わかってる。任せろ」

フリットはハンドガンをショウの膝の上に置くと、隣のマルチポッドに取り掛かった。
先程と同じやり方で、収容されている人物を助け出す。こちらはショウよりもダメージが少なく、自力で立ち上がることができるようだった。手短に言葉を交わし、彼がランドであることを確認した。

「―――状況はどうだ?」

アーマータイプの通信機を使い、今も廃墟の外で戦っている愛機、白いロード・インパルス“アルバ”を呼び出す。

『敵の数が増えているがまだ問題ない。君はショウ達の救出に専念していい』
「2人は無事だ。これから援護に戻る。そっちも無理はするなよ」
『なら上階への移動を提案する。恐らくそこは危険だ』

 


 

外では、ハイドストームに加えて、半壊したフォクサロイドが暴れ狂っていた。
ジョゼフ・グラントの愛機。ゾアテックスを実装しないながらも軽量で機動性にも優れたヘキサギア。
現在はハイドストームの支配下にある。
フォクサロイドは機体負荷を考慮しない運動で跳ね回る。壁を蹴った衝撃で足首が砕け、脱落したリストマチェットが回転しながら宙を舞うのにも構わず、地を這うような運動で“アルバ”に迫る。
“アルバ”は常に足を止めず、断続的にチェーンガンやグレネードを放って工廠廃墟に敵を近寄らせないようにしていた。

 


 

階段を上がって3階へとたどり着いたフリットは、フレデリクが持ち込んだと思われる巨大な対物ライフルを見つけて手に取った。弾倉を入れ直し、コッキングレバーを引いて動作に問題が無いことを確認すると、破れた窓から銃身を突き出して外の戦闘を視界に捉えた。

「アルバトロス、射撃制御頼む」

アルバトロスはすぐにその対物ライフルの性能を評価し、フリットと自機の視界を合成して必要な射撃諸元を送信してくる。
フリットが思った通りの情報。めまぐるしく動く標的を追って、偏差射撃の照準が揺れ動く。
まずは一体の動きを止め、残る一体に集中する。時間を掛けると、他にも操られている機体が出てくるかもしれない。
フリットはトリガーを引き絞り、フォクサロイドの頭部に狙撃を命中させた。

 

『このまま完全に排除する』
「待て、それ以上破壊するな!」

 

―――何故だ。こいつは今すぐ無力化できる状況にある。

“アルバ”はすれ違いざまにトリックブレードをフォクサロイドの足元に滑り込ませると左後脚を掴み、そのまま相手を引き倒した。

 

―――状況の脅威レベルは未だ高い。これはいますぐ排除すべき。
アルバトロスは横たわったフォクサロイドのボディを前脚で踏みつけながら、宙を漂うハイドストームからも決して注意を逸らさない。
その足元で、グラビティ・コントローラーの重圧に晒されたフォクサロイドの機体が軋む。

 

『こいつはこの場で破壊する。もう二度と動きだすことはない』
この短時間の戦闘で、アルバトロスの獣性に変化が生じていた。
敵と見做した対象に対して何ら顧みることがなく、より凶暴に効率的に、フリットの言葉すら無視して加害を続ける。
フォクサロイドの装甲が陥没しついにフレームへと到達した時。

 

「アルバトロス!」

 

フリットの叫びで我に返ったように踏み込んだ前脚を緩めた。
センサーの一つを足元へ向け、彼の命令を再検討する。
フォクサロイドは既に大きく損傷し、まともな運動性すら喪失していた。頭部はフリットの銃撃でセンサーを破壊され暗い空洞が覗いている。もう先ほどまでの戦闘能力は発揮できないだろう。
この機体は、元はと言えばこの地を治める勢力―――アナデンに属するもので、過剰に破壊してしまった場合、アナデンは再び態度を硬化させる可能性がある。むしろなるべく原型を留めた状態で回収し、しかるべき相手に引き渡すことが望ましい。
それに、アナデンがフリットに助力を申し出たそもそもの理由。
彼らにとっても危険なハイドストームの排除。
VICブレードに対抗しうる“アルバ”の装備、ICS。
アルバトロスはフォクサロイドから脚をどけると、もう何も言わずハイドストーム一機を標的に定めた。

 


 

「フリット・バーグマンへ、いまから脱出を支援する」

まだ若い男の声が通信に流れた。
リバティー・アライアンスと契約したヘテロドックスの傭兵ガバナー「アロースライス」と彼の愛機「ブルーキャップ」。トランスポーターの護衛に雇われた筈の彼がここに派遣されたのは、恐らく本隊に戻ったリンクスがうまく立ち回ってくれたからであろう。
直後、工廠廃墟の一角で新たな爆発が起き、轟音と共に壁が崩れ落ちる。
ブルーキャップがフォールディングキャノンを発砲し、工廠廃墟の壁に大きな破孔を開けていた。
爆風と共に煙が建物内を駆け巡り、フリットのいる3階をも埋め尽くす。

「おい、これも援軍なのか?」

フリットが振り向くと、ショウに肩を貸したランドが3階に上がってきていた。

「1階はダメだ。残骸の山から何か沸き出してきやがった」
「なんだと?」

破孔から工廠廃墟を覗き込んだブルーキャップは、壁際の残骸の中に小さなセンサーらしきものが赤く点滅しているのを捉えていた。
無数の小さな円盤のような機械が蠢いている。

「なんだ? 自走地雷……?」

それは建物が襲撃された時のためにミラーが予め仕掛けていたものだった。
小さな円盤―――アクティブマインが一斉に動き出し、ブルーキャップへと殺到する。

「鬱陶しい。まとめて破壊する」

ブルーキャップは即座にライフル下部のグレネードランチャーを発射した。
着弾地点で爆発が起こり、巻き込まれた自走地雷が誘爆を繰り返す。
完全に囲まれる前に火力で圧倒する。そのままライフルで掃射していく。
衝撃で建物を大きく揺れ、埃が舞い上がる。工廠廃墟が再び大きく揺れる。柱が軋み、3階にいるフリット達の足元にも亀裂が走り始めた。

「リンクスと言い、きみの援護にくる奴はみんな無茶っていうか……」

ショウが顔を上げて文句を言う。

「それだけ言えるようなら大丈夫そうだな」
「あ? おい!?」

フリットは対物ライフルをその場に放り出して二人を抱きかかえると、崩れ始めた階段を蹴って階下へと飛び出した。
先程まで二人がいた場所が紫電光に包まれる。
溶融分解した高熱の破片がぽつぽつと飛び散り、四脚の奇怪なヘキサギアが外から這入ってきた。

 


 

1階は舞い上がった塵埃や白煙に包まれており、ヘキサギアの残骸やマルチポッドもまとめて吹き飛んでいた。
ゆっくりと歩みを進めるブルーキャップは油断なくライフルを構え、蠢くアクティブマインを確実に掃射していく。
インパルスタイプを模した頭部が旋回し、煙と埃の中を落ちてくる人影を捉えた。

「フリット・バーグマンか? 悪いな、ここはもう崩れそうだ……あぁん?」

ブルーキャップはライフルを放りだすと、脚部のローラーを起動して滑り出した。ベース機がバルクアームαとは思えないほど軽快に加速し、空中で驚くフリット達の横をすり抜けて、その後方から飛び込んできた四脚のヘキサギアに組み付く。
イビルストーカー」。ヴァリアントフォースに所属する機体だった。
グラップルブレードがブルーキャップの装甲に大きな爪跡を残す。
操縦殻には金属が擦れる嫌な音が鳴り響いた。
イビルストーカーの前脚に装着されているロングレンジプラズマキャノンがチャージされ、発射される。紫色の雷球がブルーキャップの左肩をかすめ、そのまま工廠の壁を灼いて穴を開けた。
グラップルブレードが操縦殻の隙間に刺し込まれ、装甲がみしみしと音を立てる。
アロースライスは思わず冷や汗を流しながら操縦桿を握りしめた。
「パワーと重量ならこっちの方が上だ。そうだろ?」
イビルストーカーを上から一気に抑え込むと左腕に装備したスティング・ピアスの鋭く尖った切っ先を向ける。轟音とともに打ち出された杭が、敵の機体フレームを貫通した。
先程落ちてきた3人が覚束ない足取りで建物から出ていくのを背後に確認すると、ブルーキャップはスティング・ピアスを基部ごと分離し、イビルストーカーの機体を引き剝がして距離を取った。

「この旧式が……」

重いスティング・ピアス一式が突き刺さったイビルストーカーは、形態を変えながら再び立ち上がろうとしている。
「ああ、こっちは旧式だからな。だからこそ徹底的にやらせてもらう」
ブルーキャップはゆっくりと後退し、3人に続いて建物から出ると、中に向かってマルチミサイルを発射した。
一際大きな爆発と共に、いよいよ工廠廃墟の全面的な崩落が始まる。
仄かな紫色の雷光が閃いたが、降り注ぐ何かの破片と煙に覆われて見えなくなった。

 


 

長いテンタクルアームが風に吹かれた女の髪のようにゆらゆらと揺れている。中心にいるミラーの意識はあるものの、その瞳にはもはやロード・インパルス“アルバ”の姿は映っていなかった。

「みンナが邪魔ヲスるんでス。SANAT様……」

テンタクルアームが撃ち落とされ、引きちぎられていく。

「どうシテ……ドウシて……」

 

「何かヤバイ気がする。アルバトロス、合流しよう」

ロード・インパルス“アルバ”はハウンドバイトに咥えた切れ端をすぐさま放り出すと、フリットの元へと駆けだした。
空中で爆炎が閃き、衝撃が辺り一帯を揺らす。
大口径の榴弾がハイドストームを直撃していた。
盾代わりにしたテンタクルアームが砕け、焼け落ちていく。
片膝をついたイワヅツは操縦殻にフレデリクを収容し、VICブレードの汚染からも僅かに回復したようだった。

「いいわ。続けて撃つわよ」

イワヅツの右腕を構成する榴弾砲が重い金属音を響かせて再装填を行う。巨大な空薬莢が排出されて地面で跳ねる。
ハイドストームが煙の中で動きを止めている。ミラー自身もいつの間にか被弾しており、損壊した部位がぼとぼとと地面に落ちていった。

 

「……煩イ」

 

空気が変わった。
アルバトロスがそちらに注意を惹かれる。

「止まるな! 早く来い!」

ゾアテックスよりも早く状況の変化を察したフリットが叫ぶ。
フリットが後ろ向きにジャンプすると、駆け抜けるロード・インパルス“アルバ”がトリックブレードを使ってフリットを拾い上げた。崩落の続く工廠廃墟の周囲を抜け、ショウたちが退避するのと逆方向、暗い森の中へ飛び込む。
しかし敵の気配が消え去ることはなかった。まさか、インパルスの移動速度について来るのか……

『フリット……敵が増えている』
「ヴァリアントフォースの増援か?」
『これは……違う。大きくなっている』

月明りに照らされたコンソールに影が差し、急激に大きくなった。

「避けろ!」

言うや否や、機体が急反転をかけて大きく跳躍する。
座席の上でフリットの身体が宙に浮き、振り落とされまいと必死に操縦桿を握りしめた。
数秒前まで走っていた先の地面には、背後から放り投げられた何かが突き刺っている。
ロード・インパルス“アルバ”は巨木の幹に張り付くように着地した。

「ヘキサギアだと?」

モーター・パニッシャーの頭楯部。胴体から取り外されてなお、バイティングシザースを無為に動かし続けている。
無論、そこにガバナーの姿は無い。
フリット達を追ってきたハイドストームが木立をへし折りながら姿を現す。
攻撃を受けて小さく削れていった機体を他のヘキサギアのパーツで補修し、大きく変貌を遂げていた。今も各所で結合と再分離を繰り返し、不定形に変化する。重量配分がおかしいのか、片側に傾きながら不規則に揺れている。失ったテンタクルアームの代わりに連結されたモーター・パニッシャーのグラップルアームが蠢く。そして、何かを引きずるような音。
シルエットが元の倍程あることから、喰われたのはモーター・パニッシャーだけではないのだろう。
ただ、失ったVICブレードまでは復旧していない。
その数、残り3本。
代わりに、紫色の雷球が暗闇に灯った。

 

「―――聞こえるか? 報告にあった要救助者はこちらで保護した」

アナデンの自警団からの連絡。

「わかりました。こちらももう少しで終わります」
「これから支援に向かう。だが……」

フリットは相手が言い終わるのを待たず、現在位置座標をKARMAのネットワークに流すとICSを前面に展開して距離を詰めた。
ハイドストームの残ったテンタクルアームはICSを避けるように外向きに広がると、ロード・インパルス“アルバ”を包囲する構えを見せる。
それを見ると、ロード・インパルス“アルバ”は突然向きを変えて走り出した。テンタクルアームの包囲から逃れ、グラビティ・コントローラーとトリックブレードを使い、立体的な運動で森の中を駆け巡る。ハイドストームのテンタクルアームは、挙動の予測が難しいが、振り払う鞭のような攻撃はこの森の中では向かない。一定の距離を保ちながら、機関砲とグレネードランチャーで少しずつダメージを与えていく。
ミラーを狙ったグレネードがテンタクルアームで防がれ、VICブレードがまた一つ砕けて脱落した。

「あと、2つ……!」

ハイドストームは高度を上げて森の上に出ると、フレイムスロワーから炎を噴き出して森を焼き始めた。

「このままだと、敵の増援の方が先に来るぞ」
『いや、すでにきているようだ』
「なに?」
『アナデン自警団からの情報共有。ヴァリアントフォースの飛行型ヘキサギアが一機接近している』

 


 

鳥のような形をした第三世代ヘキサギア「スピキュール」。

「各位へ、標的のハイドストームを捕捉した。報告よりひどい状態にあるようだ」

上空を飛行するスピキュールのガバナー「ネーター」はハイドストームの様子を観察し、次いでミラーに目を移した。
野に放たれたはぐれ情報体に何等かの障害が起きたのだろう。それ自体は驚くようなことでは無く、予期せぬ異常は常に観察と研究の対象である。ただし、今回はそれがどこかでハイドストームと行き会い、最悪の結果に結びついた。
ネーターはこの事態を収拾するために部隊を率いて現れたのだった。
最初に件のハイドストームと接触したミミック・シュトロームはリバティー・アライアンスとの戦闘で大きな損傷を負い、元々SANAT直下で活動していた同機はそのまま戦線を離脱。入れ替わりにネーターの部隊が現地に展開し、まずは複数の陸戦型ヘキサギアで一帯を偵察させていたものの、潜伏中のハイドストームを発見したイビルストーカーは同時にリバティー・アライアンス部隊とも接触して以降の通信が途絶えている。
目撃者をすべて消去し秘密裏に処理するつもりだったが、現在のアナデン自警団の動きから推察するに、既にアナデンにも事態の一端は露見しているとみるべきだろう。

「早急に処理する。掛かれ」

ネーターがそう言うと、潜伏していた部隊が音も無く動き出す。殲滅の合図だった。
スピキュールは翼を広げて飛行安定性を確保すると、爆撃照準コースに機体を乗せた。

「やり過ぎたな……己を律することすらできぬとは」

スピキュールの存在に気付いたハイドストームが森の中に潜もうとして、何者かに追い立てられる。白いロード・インパルスが側方から急襲し、VICブレードを破壊していく。

「ほう……」

危険な機材を運搬するリバティー・アライアンス部隊がこの地を通過中と聞いた時は、自分たちの行動を覆い隠す煙幕に利用できるかと考えていたが、まさかここまで足を引っ張られるとは思わなかった。
スピキュールは白いロード・インパルスに構うことなく、機体前方に備えた大型プラズマキャノンの開放型バレルを展開し、チャージを始める。大きな主翼が風を掴むように機体を安定させる。
アグニレイジのそれと比べれば、実にささやかな空爆。

「おまえは失敗だった……もう不要だ」

ハイドストームの中枢部にいる長い髪のミラーは何かを言っていた。その言葉は誰の耳にも届かず、紫色の雷光に包まれ弾けて消えた。
機体の中枢部を失い半壊したハイドストームが森の中へと墜落したことを見届けたスピキュールは、白いロード・インパルスが残存していることを確認するも、翼を翻して帰路についた。

 


 

『仲間割れか?』

アルバトロスがフリットへと問いかける。

「あのハイドストームはあちらにとってもイレギュラーな事態だったということか」

ハイドストームの灼けた破片が降り注ぐ。墜落地点に見知らぬヘキサギアが駆け寄り、こちらへ油断なく銃口を向けているのが木々の間から僅かに見えた。
何にせよ、自体は収束に向かいつつある。ショウは無事生還し、奇跡的に死者は出ていない。
まだ安心できる状況ではないが……。

 


崩落して跡形もなくなった工廠廃墟に戻ると、アナデンの自警団が集結していた。

「事情は聞いたよ。うまくやったね」

ショウは担架の上に乗せられている。

「敵はどこだ?」

簡易移動装置「ヒップランナー」に乗った兵士が、周囲を警戒しながら行き交う。
ランドはアナデンに回収されていたゲイザーアイと再会できたらしく、上機嫌だった。

「我々が動きを見せたことで、奴らは素直に撤収してくれたようだな」
ベルク・カノーネ」のガバナー「オスカー」は言う。
「よくやってくれた。VICブレードを持つあのハイドストームは我々アナデンにとっても非常に危険な存在だった」
「みなさんのおかげで無事に生き延びることができました。ありがとうございます」

フリットはコンバットヘルムを脱いで礼の言葉を述べた。

「……ここアナデンは碑晶質の産地だ。あのハイドストームもそれを求めて来たのかもしれん」

オスカーはわざとらしくフリットから目を逸らし、独り言のように述べる。

「その碑晶質を効率的に破壊する装置、ICSといったか。なかなか興味深いものを見せてもらった」

 

ブルーキャップのガバナー「アロースライス」は少し離れたところでKARMAと今回の戦闘レポートを確認していた。

「オスカーのやつ、もう少し早く来てくれても良かったんだがな」

アロースライスが弾薬消費量や機体の損傷を確認しながら呟いた。それを聞いているのは「ブルーキャップ」のKARMAだけだ。
『確かに彼らがいれば弾薬費くらいは、少し節約できたかもしれません』
コックピット内に響くのは落ち着いた女性の声色だった。

「ヴァリアントフォースのヘキサギア部隊もいた。うかつに前進はできなかったろう。お前を運んでくれただけでもありがたいよ。それにまだまだ一件落着という訳にはいかない。リバティー・アライアンス輸送部隊がこの地を退去するまでの護衛がメインということだし……」
『仕方ありません。ホットワインで“ほっと”するのは仕事後にしましょう』
「さて、これから他の奴らとうまく連携できるといいけどね」
『そこはワインによ“わいん”です。と言って頂きたかったのに…まぁいいでしょう』

フレデリクはイワヅツの破損した部位を確認していた。

「あなたにもお世話になりました。あなたの助勢があったから俺たちは生き残れたようなものです」

フリットが頭を下げる。

「別にアンタたちを助けたわけじゃないわ。あの癇癪女がむかついたのと……それに、ここはあたしの故郷でもあるのよ」

膝をついたままのイワヅツの上で、フレデリクは顔を上げてどこか遠くを見るような目をした。

「あの癇癪女…ちょっと可哀想だったかもね……」

 

もうすぐ夜が明ける。フリットは白み始めた空の向こう側に何者かの視線を感じながらも、コンバットヘルムを再び被ると戦域情報に視線を移した。
ショウの救出には成功した。トランスポーターを含む本隊は既に進発し、第4ゲートブリッジに向かっている頃だろう。まだ不安要素はあるが、アナデン自警団の助力を得れば今からでも追いつくことが出来る。
気が付くと周囲を幾人もの兵士に囲まれていた。
1人が進み出て、スピーカーをオンにした通信機を掲げて見せる。

「アナデンを代表して、リバティー・アライアンスへのメッセージがある。君にはこれを預かって行ってもらいたい」

アナデンの外縁監視所で会ったあの人物の声が流れ出した。

 

「―――我々はMSGに行く」
「我々は情報体となる道を選んだ。これは鉱業都市アナデンの総意で、ジョゼフはMSGへの密使だったのだ。状況が悪かったようだがな」
「碑晶質の精製に伴う鉱害を知っているかね? この辺りの土地はとっくの昔にひどく汚染されている。我々としてもこんな事業はやめてしまいたかったが、市場経済がそれを許さなかった。閉鎖を試みた他の鉱山がどうなったか、知らぬ話でもあるまい」
「我々はMSGに行き、情報体としてジェネレーターシャフトからアナデンの操業を行う」
「だから君、もうためらうことはないのだ。あの兵器―――かつて私に故郷を捨てさせたあの忌まわしきレイブレードを、ここで存分に振るい給えよ」

 

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