EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 10 ゾアントロプス
―――あぁ、ドジ踏んじまった。
最近またリバティー・アライアンスとヴァリアントフォースの奴らがドンパチ始めたとかいうからわざわざ出向いて来たっていうのに。上手いことヘキサギアの一機もくすねることができりゃあ、俺だってまともなガバナーになれるはずが、どうしてこんなことに。
アナデン外縁部に位置する採石場。
ヘテロドックスの流れ者「ロブ」は今は寂れた資材保管庫の片隅へと追い詰められていた。
ヴァリアントフォースとリバティー・アライアンスの突発的な戦闘に行き会い成り行きを窺っていた彼は、そのまま息を潜めてやり過ごそうとしていたもののあっさりと発見されてしまったのである。
先の戦闘の一端、VF側の勢力はデモリッション・ブルート一機を中心とした野戦工兵小隊。率いているのは泥色の装甲を身に纏ったイグナイト型、どうやら「ゴーマーパイル」と呼ばれているようだ。そして彼らと戦っていたLA側の兵士たちは既に多くが地に臥し、残った数人も戦況の圧倒的不利を見て取ったのか後退を開始している。
「貴様、何者だ?此処で何をしている?」
無造作に距離を詰めてきたパラポーン・センチネルの一体がロブの首を掴んで持ち上げる。
「ヒッ!」
ロブは頭にポーンA1のコンバットヘルムを被っている以外は、ごく一般的なアーリー79を装備している。武器も乏しく、仲間もいない。最初から戦意など無かった。
そんな装備で戦地をうろつくロブを、うさんくさい情報屋とでも思ったのだろう。
「我々の情報で商売でもする気か」
そう言うとパラポーン・センチネルはネズミでも追い払うかの様にロブの体を放り投げた。
「ガハッ!」
壁際に積み上げられたブロックベース材に背中から突っ込み、資材の山がガラガラと音を立てて崩れる。体に大きなダメージは無かったが、このままではいずれ殺されてしまう。そう感じたロブはもつれる脚を叱咤しながらどうにか立ち上がり、倉庫内に積み上げられたアーミーコンテナの間を必死に走りだした。
背後からはまるであざ笑うかのように散発的な銃声が追ってくる。
体をあちこちにぶつけながら走り、少し開けた空間に出たところで足元のひときわ近い着弾に気を取られた瞬間、突然眼前に現れた“壁”に激突し盛大に転倒してしまう。
「……っ!?」
“ソレ”を 見上げたロブは最初は自身の身に何が起きたか理解できず、次いである記憶を思い出し思わず息を詰まらせる。
振り仰いだ姿勢から微動だにできずにいるこちらのことなど気にもかけず悠然と歩を続けるその存在に、彼は仲間たちが冗談交じりに語っていた「戦場でもっとも出会ってはいけない存在」の話を思い出していた。
なんでこんな所に……そう考えている間にパラポーン数体の足音が追いついてくる。
―――ああ、終わった。
ロブは自身のそう長くも美しくもない人生のあっけない幕切れを悟り、コンバットヘルムを被った頭を抱えて蹲ってしまう。
そんな彼のそばを、重い足音が通り過ぎていく。
立て続けの発砲音。なにかが倒れ転がる音。コンバットヘルムのセンサーを介さずとも直接耳朶を叩く破壊音。
どのくらいそうしていただろうか。銃声は途絶え、倉庫内には静寂が戻っていた。
ふと飛来した何かが脚にぶつかるのを感じ、ロブが恐る恐る目を開けると、そこにはただ力任せに胴体から引きちぎられたような無残なパラポーン・センチネルの頭部が転がっている。さらに目を上げると、先ほどの“ソレ”が破壊したセンチネルの背中からヘキサグラムをえぐり出すところだった。恐慌をきたしたロブが目を逸らせずにいると、“ソレ”は「今気づいた」とでもいう風に視線をよこし、掴んでいた残骸を放り捨てるとロブの元へと歩いてくる。
エクスパンダーのような巨躯に逆巻くタテガミの様なヘルムと鋭く伸びた爪。そして昏いバイザーの奥で仄かに輝く赤眼。
「ゾ、ゾアントロプス……」
ロブは気が遠くなりながらも、いまだにその存在から目を逸らせずにいた。そうした瞬間に頭をもぎ取られ、センチネルの残骸と同じ運命をたどることになる気がしたからだ。
へたり込んだままのロブの前まで歩いてきた彼は倉庫の床に片膝をつき、続いてヘルム越しにロブの目を覗き込む。
『……ひとつ、仕事の話がしたい』
「へぇあ?」
ロブは素っ頓狂な声をあげて言葉の主を見上げた。まさか人語を喋るとは思わなかったので心底びっくりしたのだ。意志疎通など不可能、視界に入ったものを手当たり次第に蹂躙し、ヘキサグラムを奪い尽くす“なにか”。
戦場の噂話に伝え聞く、結晶炉の獣人 -ゾアントロプス・レーヴェ-
「なんだこれは。ネズミの次は仮装パーティーか?」
倉庫内の資材を突き崩しながら、ゴーマーパイルを乗せたデモリッション・ブルートが姿を現す。周囲を固めるセンチネルが一斉にゾアントロプスに銃口を向けた。
「ふむ、ゾアントロプス。どうせフリークだろう。まぁいい。貴様が本物かどうかはさておき……」
ゴーマーパイルは野獣に食い荒らされたように散乱するパラポーンの残骸をひとしきり眺めるも、いたって平板な口調で言葉を発する。しかしその口調とは裏腹に笑っているように見える面貌が不気味だった。
「……やれ」
ゴーマーパイルを乗せたデモリッション・ブルートの力強い四肢が地響きを踏み鳴らし、ひび割れた足跡を刻みながら突進する。生半可な装甲ならば一撃で貫通する衝角「バタリング・ラム」の先端にゾアントロプスを巻き込み、アーミーコンテナの山に突っ込んだ。
しかし、その切っ先はゾアントロプスに届いてはいない。手首のアイアンネイルでバタリング・ラムを掴み、自身よりも何倍も大きく重いデモリッション・ブルートの突撃を受け止めていた。
「馬鹿な!」
ゴーマーパイルは驚愕し、ひとまず距離を取って相手の能力を測ろうと行動を切り替える。肩に備えたオートガトリングを掃射しながら、乗機にも後退を命じようとした。
『今はこっちの男と話をしているところだ』
ゾアントロプスはいつの間にか左手に携えていた大鉈を盾のように使い銃弾を弾く。そしてそのまま流れるような動作で振り上げ、振り下ろした。
重々しい金属音と共にバタリング・ラムの片角が落ちる。姿勢を崩すデモリッション・ブルートの操縦席までおもむろに歩み寄り、ゴーマーパイルのメタルバックラーに手をかけて引き倒す。相手の右腕を踏み砕き、その手に握られていたブレイジングカッターが床を滑っていく。
ゴーマーパイルは周囲の状況を走査、もはや避けられない危機を評価し、小隊と乗機へと指示を飛ばす。その間にも胸郭の装甲が割られ半身の制御が途絶える。その視界が警告で埋まり、不意に途切れた。
主を破壊した敵を横目ににらみ、スモークディスチャージャーの一斉散布と共に残った片方のバタリング・ラムを振りかざすデモリッション・ブルートであったが、それも難なくいなされ、コンソールに大鉈を突き立たられて沈黙する。
もうもうと立ち込めた煙幕が薄れゆき、再び訪れた静寂の中ゾアントロプスが周囲を見回すと、センチネル達は既にその場を立ち去った後だった。
ゾアントロプスの大鉈には引きずり出されたヘキサグラムが突き刺さり、まだほのかに淡い光を放っていた。人工筋肉を為していたエレメントが基底状態に返り、見慣れたヘキサグラムの姿へと収束していく。
熱を失い動きを止めたゴーマーパイルの面貌は、やはり笑っているように見えた。
『命拾いしたな。……その命、俺が貰うぞ』
おかしい。聞いた話と違う。なぜセンチネルのヘキサグラムを追わない?
この一帯からヘキサグラムというヘキサグラムが無くなるまで、止まらないはず。
「なぜ俺に……、一体何を……」
『しばらくの間、こいつを預かってほしい。ただ乗っているだけでいい。細かいことはこいつが自分で考える』
ロブのコンバットヘルムに、ある機体の情報が表示される。
背筋がぞっとした。恐怖で足がすくむ。
世界中から忌み嫌われる、禁断の規格外兵器。幾つもの都市を汚染に沈めた光の魔剣。
それを備えた唯一の強襲用高速戦闘ヘキサギア。
「レイブレード・インパルス……うそだろ?」
だめだ、こんなものに乗ったと知れたら、それだけで一生お尋ね者だ。
二度と日の当たる場所を歩けなくなる。
コンバットヘルム内に明滅する、見知らぬKARMAからのコール。
ディスプレイに何かしらの移動ルートが指示される。言わんとすることは明白だった。
「待て! 俺はやるなんて言っ…」
慌てて視線を戻すと、ゾアントロプスは姿を消していた。