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WORLD ヘキサギアの世界

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EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 23 フリット・バーグマン

頭上遥か高くの裂け目に薄弱な朝日を見上げる深い峡谷の底で、片翼を失った翼獅子が残る翼で傷ついた主を護るように覆っている。

レイブレード・グライフ。

今次の戦闘でもまた多くの敵と戦い、友軍の命運を分ける契機となったリバティー・アライアンスの巨大な守護獣は、今や機能停止寸前の状態であった。カーツワイルの放った無人小型ヘキサギア「オーバーチュア」の攻撃を受け、装甲はおろかフレームにまで深刻なダメージを負っている。
ヘキサグラムの駆動用エネルギー残量も3%を切っていた。ただのエネルギー枯渇状態であれば時と共にやがては回復する。しかし今回の消耗の大半はレイブレードの使用によるヘキサグラムの物理的な崩壊である。消滅してしまったものは二度と戻ることはない。
幸いにして周辺に敵の姿はなかったが、グライフのガバナー「フリット」に残された時間はもう僅かだった。フリットはアーマータイプ:ナイトを装備してはいたものの、グライフへの騎乗以前から過酷な連戦を続けてきた上に、グライフと同じくオーバーチュアに喰らいつかれた傷は内臓にまで達している。アーマータイプの生命維持機能にも限界があった。

「はは……中身がこぼれそうだ……が…がふっ……うぶっ」

コンバットヘルムの中でフリットがむせ返る。吐血しているのだ。
ナイトのコンバットヘルムは頑丈でフリットの頭部をしっかりと防護していたものの、至る所が陥没しており機能の多くを喪失していた。亀裂の入ったモニターの視界もほとんどがノイズで埋め尽くされ、周囲の状況を見て取る事さえ困難だ。
だが、その中にあっても決して読み違えようの無い情報があった。
ジリジリと不快なノイズを走らせながら汚染環境センサーの数値が表示されている。
その異常な数値は、そこが汚染レベル6の“アビス”に相当する場所であると告げている。アナデン付近の地形情報にこれほどの汚染地帯があるという記録は無かった。だが謎の咆哮を受けて混濁した意識の中、折れ飛んだ片翼が地表に突き刺さった瞬間に凄まじい光を発した光景だけは脳裏に焼き付いている。翼内に残っていたヘキサグラムの崩壊が落下の衝撃で一気に進んだのだと仮定すれば…… この“アビス”はレイブレード・グライフによって産み出された物なのかもしれなかった。
ともかく、ここから脱出しなければ。自分の命はまだしも、グライフと残った一振りのレイブレードが敵の手に落ちる事態だけは何としても避けなければならない。

「お前を……持ち帰らないと……がほっ……う……」
『………』

アルバトロス。レイブレード・グライフに宿るKARMAは何も応えない。ただ黙って残り少ないエネルギーと計算資源をかき集め、思考を続けている。周囲を監視しながら、敵味方の動向を予測し、機体の状況を評価し、死に物狂いで自身とガバナーの帰還の可能性を探っているのだ。
片翼を欠損し飛行能力を喪失。ならば残る翼も遺棄し、陸路を脱出するか……。
否。並のヘキサギアを遥かに凌駕する剛性のフレームすらも各所で歪み、不快な軋みを発している。このまま無理に動き続ければ、遅からずどこかのフレームが破断し、残る四肢をも失うことになるだろう。いかに強力なゾアテックスが発現していようとも、機体がこの状態ではまともな機動力は発揮しえない。アルバトロスはこの場所で友軍の救援を待つ事が最も生存確率が高い手段と結論した。
しかし、フリットの容態は一刻の猶予も無い状態だ。彼の身体はいたる所に割れたグライフの装甲が突き刺さり、流れ出した血液がナイトの白い装甲を赤黒く染めている。
人間の作業補助を目的とした「オーブ」タイプの躯体でもあればいくらか役に立てるのだが、純戦闘用として作られた第三世代型ヘキサギアの四肢や作業肢ではガバナーの治療など到底不可能だ。
思考リソースを埋め尽くそうとするもどかしさと焦燥を振り切るように、アルバトロスが今この場で敵が現れる可能性と対処方法の検討に移ろうとした矢先、センサーが微弱な通信波を捉えた。
北西10km。リバティー・アライアンスの識別標識を確認する。これでフリットの命は助かるかもしれない。
アルバトロスは安堵し、現れた味方へと通信を送る。
『こちらはアースクライン・バイオメカニクス所属「レイブレード・グライフ」及びガバナー「フリット・バーグマン」。リバティー・アライアンスの規約に基づき貴隊に救助を要請します。現在当方のガバナーは重傷を負っています。早急な医療措置が必要です』
フリットが弱々しく言った。

「……なんだ、お前。まだ生きて……心配したじゃ……ぐぅっ……」
『私はあなたと共にあります。今は安静にしていてください』

アルバトロスにとっては永遠とも思える時間を経て、一台のトランスポーターが姿を現す。
自分達の本隊ではない、別部隊の車両。車格が一回り小さく悪路走破性に優れたタイプだ。
下りてきたのは一体のヘヴィアーマータイプ:ルークと、特殊な防護服——結晶炉用の極限環境作業服で全身を包んだ者が数人。顔を覆うバイザーのスクリーンで年齢どころか性別すら分からない。

「ああ、良かった。間に合ったか」

だがバイザー越しにフリットに届いたのは、ある男の聞き馴染んだ声だった。
防護服の者たちはフリットを取り囲むと損傷したアーマータイプに防護テープを張り付け、瘴気の浸入を防ぐと同時に薬液のチューブを繋いで投薬を開始する。
1人が携帯式メディカルシステムをアーマータイプに接続し、フリットを診察した。

「これでは駄目だな。臓器の一部が機能不全を起こしている。至急ポッドに移し、代替器を建てなくては」

男は周囲の防護服に矢継ぎ早に指示を飛ばしつつ、フリットの胸部装甲に手を添える。

「さぁフリット、きっとよくなる。我々のラボならその傷ついた体も必ず再生できるよ」

あぁ……そうか。
リンクスたちと共に脱出したはずの“あいつ”がどうしてこんな所にいるのかと思ったが、この男は白堊理研の人間だったのだ。
白堊の連中が何の研究をしているのかは、ガバナーであれば誰もが良く知っている。
フリットは痛みをこらえながら、分厚い防護手袋に覆われた男の手を跳ね除けた。

「上層部は君を高く評価していてね、どんな手を使ってでも生かして持ち帰れと言われている。個人的にも君には死んでほしくないんだよ。黙って従ってくれないか?」

男の告げるいつも通りの柔らかな声音はしかし、人間らしい感情を感じさせるものでは無かった。
こいつは今どんな顔をしている?

「もういいだろう。時間が無い。おい、やれ……ポッドに収容しろ」

それまで防護服たちの後に彫像の様に控えていたルークが動き出し、フリットにその肥大した右腕を伸ばしてくる。
ルークの大型腕部ユニットは戦闘用だ。たとえフリットのアーマータイプ:ナイトが万全の状態であったとしても、ひとたび掴まれてしまえば脱出は不可能だろう。
フリットは目を閉じ、アルバトロスに最後の命令を下す。

「……………破壊しろ」

主の予期せぬ危機に最後の力を振り絞り、残る片翼をパージして立ちあがるレイブレード・グライフ。地面が揺れ、機体の破片が宙に舞う。
ルークの躯体を前脚で蹴り、倒れたところを踏み砕く。装甲が割れて何かの液体が噴き出し沈黙すると、今度はトランスポーターから見た事の無いアーマータイプの一団が槍や刀剣を手に飛び出し、地面に広がる赤黒い染みを踏み散らしてグライフを取り囲んだ。
次はどれだ。どれを破壊すればいい?
グライフは自らの“マシン”である部分が発する友軍に対する攻撃へのアラートを、それを上回る速度でキャンセルしながら同じリバティー・アライアンスに属するはずの相手を攻撃し続ける。ゾアテックスの獣性は高まり続け、言葉すら失い、すでに制御不能となっていた。
徐々に機体を崩壊させながら、主のために残された爪で暴れまわる。もはや獣の姿すら保てていない。胴が断裂し、残った上半身が這いずるような動きで白堊の男に凄む。
だが、振り上げられたその爪は男に届くことはなかった。横合いから振るわれた紫電を伴う一太刀によってグライフは斬首され、重い音を立ててフリットの眼前へと落下する。

「アルバトロス……!」

フリットの声はとても小さく掠れていたが、確かにアルバトロスの元へと届いた。
主の声を聞きながらアルバトロスの意識は静かな闇へと沈み、同期するようにグライフのセンサーがゆっくりと光を失っていった。
グライフの頸を一刀のもとに斬り落とした謎のアーマータイプは刀を収め、どこか虚ろな雰囲気で成り行きを眺めている。
フリットが見つめるグライフの首級。その陰からのぞき込むようにして、再び男が声を発する。

「やれやれ、アルバトロスの筐体は無事なんだろうね。グライフの残骸はウェイナー達に回収させればいいとして……フリット? まだ生きているよな?」

そう言った奴の声を、俺は一生忘れないだろう。
もはや抵抗する術を失ったフリットはトランスポーターに運び込まれ、アーマータイプを引き剥がされるとポッドへと沈められる。冷たいシリンダーの内部が緑色に淡く発光する液体で満たされると、その意識は急速に遠のいていった。

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