EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 04 渓谷の戦い
ヴァリアントフォースのガバナー、カウントは愛機「ソード・ブレイカー」の操縦桿を握りしめる。ビークルモードで疾走しながら敵のヘキサギアを遠い視界に捉えた。
それぞれが剣と盾を背負う2体のインパルス。
標的のトランスポーターと並走するリバティー・アライアンスの2体の高速戦闘ヘキサギアだ。向こうもこちらを見つけたらしく、進路を変えて向かってくる。
カウントの視界を黒い岩影が幾つも過ぎ去る。敵はまだ遠い。
先行する僚機「ライトストライクボア」と「スラストハウンド」が、まず彼らに接敵していた。
デモリッション・ブルートをベースにしたライトストライクボアはビークルモードのまま突撃して前方の岩塊を弾き飛ばす。続けて放たれたマルチミサイルがフリットの駆る白いロード・インパルス“アルバ”の行く手を遮り、爆発で周囲を吹き飛ばした。
“アルバ”が空中で向きを変えようとしてバランスを崩す。好機と見たライトストライクボアは素早くゾアテックスモードへと変形し、グラウンドチェーンソーを構えて迫った。
その機体が突然殴られたように転倒する。
ライトストライクボアは、虚空からの狙撃によって射貫かれていた。
「フリット! お前は後から来い!」
「エクスソード・インパルス」のガバナー、リンクスからの通信がフリットのコンバットヘルムに響き渡る。
既に向こうも接敵しているらしく、音声に余裕がない。
「ぐっ……り、了解」
フリットと“アルバ”は着地して態勢を立て直し、どこにいるとも知れぬ狙撃手に感謝しかけて――――気付く。この時間この場所で、自分たちが狙撃手に援護されているという情報は戦域レポートのどこにもない。
リバティー・アライアンスの中でも、全く別の部隊。
フリットはその気配を視界の片隅で探りながら、リンクスの後を追った。
そのころ、高速で移動しながら絡み合うエクスソード・インパルスとスラストハウンドは、互いに致命的なダメージを与えられずにいた。
狭い渓谷の中、白と黒の対照的な2機は周囲の岩壁を巧みに使った立体的な運動で目まぐるしいコントラストを生み出している。
スラストハウンドはマシンガンで牽制しつつ敵の未来位置に見当を付けると、脚部の大型スラスターの推力を最大に上げた。エクスソード・インパルスを追い抜いて、空中で機体を滑らせながら向きを変える。
スラストハウンドに搭乗しているパラポーン・イグナイトが武器の切り替えを操作、照準を合わせてトリガーを引くと、胴体部から4本のレーザーがエクスソード・インパルスに向かって照射された。
射線ギリギリをすり抜けるエクスソード・インパルスの装甲表面が僅かに焼ける。
リンクスはお構いなしに機体を跳躍させ、スラストハウンドの上方から襲い掛かった。
「このまま圧しつぶしてやる!」
しかし振りぬいた爪に手ごたえがない。
スラストハウンドは崖を蹴った反動で機体を傾けつつ脚部の大型スラスターで転回し、衝撃を受け流していた。
「器用なやつだ」
リンクスは敵の動きに感嘆しつつ逆方向に跳んで距離を取った。一度仕切り直すつもりで、岩伝いに一気に渓谷を登り切ってレーザーの射線を切る。
間合いを取ったエクスソードに対し、スラストハウンドは突然いっさいの興味を失ったかの様に踵を返して走り出し、何者かがライトストライクボアを狙撃したと思しき方向へと去っていった。
赤い機影がリンクスの視界をよぎる。
「くそっ! 誘い込まれただと!?」
スラストハウンドの射線をかわした先、岩山の稜線を超えたところ。
追いついてきた赤いヘキサギア「ソード・ブレイカー」がマルチガンを掃射しながら白兵戦の態勢で急速に距離を詰めてきていた。その後ろには二機の飛行型、「モーター・イントルーダー」「トルテ・パニッシュ」の姿も見えた。
「こうも敵の数が多くっちゃな!」
リンクスは操縦桿を強く握り直し、シートに深く身を沈める。
機体後部の大型スラスターから青い光が漏れ出しみるみるうちに加速する。
すれ違いざまに刃が交錯し、互いの機体に大きな傷痕を残す。
エクスソード・インパルスのKARMA「ゴースト」は明らかに不機嫌な様子を見せる。両肩に装備する大型のバスターソードの固定具が独りでに解除され、その眼にも鋭い光が輝いた。
『30秒だけ遊んでやる』
言う間に機体の獣性が高まり、動きはよりしなやかに軽く、そして凶暴に変化していく。
危険な挙動。
リンクスはわずかに目を見開いた。
「……舐められたものだな、ウィルマよ」
『あぁ、堪らないな。カウント』
ソード・ブレイカーはスラスターからこれまでにない甲高い音をたてながら背面に構えたロングソードの碑晶質へとエネルギーを注ぎ込む。刀身は瞬時に超高温へと達した。
「……やれ」
激しい獣性を放つ二体のヘキサギアは背に乗せたガバナーの存在など忘れたかのように、全力でぶつかり合う。
(ゴーストのやつ、熱くなりすぎている……)
リンクスは自機の運動性や反応速度が高まると同時に、ゴーストが眼前の敵のみに拘泥しつつあることを危惧した。
(敵はまだいる、しかも空中機動型だ。この隙に本隊へ向かわれたらどうする……)
振り回される視界の中で、どうにか空へと意識を向ける。
ソード・ブレイカーの背後に控える2機はどちらもモーター・パニッシャーをベースにしていた。
だがトルテ・パニッシュもモーター・イントルーダーもルートを維持したまま、何も仕掛けてこない。2機が高速の白兵戦に突入したことが幸いして、誤射を恐れて撃ってこないようだった。
(いや……それもあるんだろうが)
追ってくるフリットの白いロード・インパルス“アルバ”への牽制か。
こちらがまだ迎撃に部隊を割くのかどうか、戦力や戦い方を探っているのか。
それとも、いまもどこかに潜んでいるであろう狙撃機を警戒しているのか。
「!……おい、30秒は諦めろ」
リンクスはゴーストに目の前の赤い機体から一旦距離を取るように指示した。
「こいつらの目的は偵察だ。なら戦いようはあるぞ」
二体の獣は地面を転がりながら激しい衝突音を鳴らす。脱落した装甲や装備が岩肌に撒き散らされる。転瞬、エクスソード・インパルスはバスターソードでソード・ブレイカーを弾き飛ばすと、その場から一直線に駆けだした。
ソード・ブレイカーに代わって、空中の2機が速度を上げながら接近してくる。
「そうだ、追ってこい」
トルテ・パニッシュとモーター・イントルーダーの放ったミサイルが次々と着弾する。
機関砲弾が岩肌を削り、プラズマの紫光が大地を焦がす。
その爆轟の中で、リンクスは全力で急制動をかけた。
エクスソード・インパルスの駆動系が青白い励起光に包まれている。
伊達にレイブレード・インパルスの改修機を名乗っているわけじゃない。
爆炎を切り裂いてトルテ・パニッシュの背後に現れたエクスソード・インパルスが、前脚で強烈な一撃を加えた。ガバナー「スウィート」が機体から振り落とされ、渓谷へと落下していく。
空中で大きく傾いたトルテ・パニッシュにリンクスが飛び移った。
その背では破損したガトリング砲が火線をのたくらせ続けている。
「ついでにもらっとくぜ」
ガトリング砲付け根のフレームに硬質ブレードを突き立て、さらにハンドキャノンを数発撃ち込む。リンクスは固定の緩んだガトリング砲を蹴り上げると、砲口をモーター・イントルーダーへ向けた。
「ゴースト! 俺が援護する。今のうちに奴を叩け!」
エクスソード・インパルスはその背に誰も乗せないまま、再度ソード・ブレイカーへと突撃していく。
「あいつの邪魔はさせない」
背後の敵を振り落とそうと曲技飛行めいて暴れるトルテ・パニッシュから辛うじて撃ち放つ弾幕でモーター・イントルーダーを牽制する。しかしトルテ・パニッシュの機動と巧みに連携したモーター・イントルーダーのプラズマキャノンがリンクスを襲いガトリング砲を溶融させた。
ここまでか。
リンクスは地上までの距離を目視で測り、トルテ・パニッシュから飛び降りる。
「よくもスウィートを!」
空中を落下するリンクスを、モーター・イントルーダーの掃射が追う。
しかしその攻撃を遮るものがいた。
橙色に輝く非実体の球殻シールドがリンクスを守っている。
白いロード・インパルス“アルバ”。フリット・バーグマンが追いついていた。
そして、渓谷の向かい側には対空支援型の「エイド・ケラトプス」が姿を現していた。
重量のある機体に搭載された2門のガトリングガンがモーター・イントルーダーに狙いを定める。
「制圧射撃開始」
砲身が回転を始め、続いて低い唸り声のような射撃音が響き渡る。
モーター・イントルーダーは素早い回避機動からの急降下で地表のスウィートを回収、弾幕を避けて岩山の向こうに回り込む。その後を追って、細く黒煙を引くトルテ・パニッシュが飛び去って行った。
「第一波は凌いだか……」
一段高い岩場、フリットが乗機の上で周囲を警戒している。
その機体もすっかり土埃や煤に汚れ、ここに来るまでに更に一戦交えていたことが窺える。
「ま、これは威力偵察だろうな。これでこちらの戦力や進行ルートは掴まれたに違いない」
リンクスが燻らせる紫煙の向こう、エクスソード・インパルスが緩やかな歩みで戻ってくる。
敵機の撃破には至らなかったものの、その背後の岩には基部ごと抉り取られた一本の赤い剣が突き立っていた。
緊急時とはいえ、この共振励起という機能に頼るのはやはり良くない。
岩山の上で身を伏せ、休息に入った愛機を見てリンクスはそう思うのだった。