EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 07 情報体
鉱山都市アナデンは古くから碑晶質の原鉱など希少な資源を採掘、精錬し、各地に運んで対価を得ていた。それゆえに周辺の勢力も積極的には干渉せず、都市はわずかな戦力の自警団のみで独立を貫いてきた。争いを望まぬ人々が自然と集まり、世代を重ねる中で都市を拡大し、発展してきた地域だった。だからヴァリアントフォースやリバティー・アライアンスのような勢力とも一定の距離感を置くようにしてきた。
しかし時代は変わり、都市も変化した。
人の数だけ思惑はあり、好機と捉えた者たちもいる。
その中の一人、ジョゼフ・グラントもこの戦闘を経てMSGへと渡り、情報体と成って愛機「フォクサロイド」と共に新たな生を始めるつもりだった。
「聞こえるか? 私がアナデン自警団の連絡役だ。そちらの指揮官と話がしたい」
渓谷の上空を、異形のティルトローター機「多目的輸送機ガルガンチュア」がゆったりと飛行している。
「久々に帰省したらなかなか楽しそうなことになっているのね~。大丈夫よん、センチネルちゃんたち。所詮は手負いの獣の群れでしょ。あたしたちにオ・マ・カ・セ!」
フレデリクと呼ばれる“漢”はその機影を見上げながら言った。
愛機のそばで、勇ましい体躯をくねらせている。
「やつらは6時間前に進発したって情報が入ってるわ~。行く先は第4ゲートブリッジで間違いなし!」
「だが一部が分離して別ルートに入ったという情報もある。そちらについては何かないのか?」
ヴァリアントフォースはアナデンをはじめ、周辺から集まったヘテロドックスのガバナーを傭兵として雇い入れ、リバティー・アライアンス部隊を包囲すべく作戦を開始していた。
「こいつはリバティー・アライアンスの奴ら、やべーんじゃねえの?」
フリーランスの傭兵「ランド」は木立の影で気配を殺し、愛機「ゲイザーアイ」と共にガルガンチュアからそろそろと距離を取る。彼のコンバットヘルムには、ゲイザーアイの眼を通して見る風景が映し出され、ヘキサギアと思しき物体の動きを幾つも目で追っていた。
「さーて、どうするか……」
ランドはしばらく思案していたが、このまま偵察を続けるより、今すぐ情報をリバティー・アライアンスに売った方が金になりそうだと結論付けた。あの組織にはよしみもある(喧嘩別れしたが)。
彼はKARMAの通信ネットワークを開くと、一番近いところにいるリバティー・アライアンスのKARMAを自動検索し、手短に要件をまとめて送信した。
ランドからのメッセージを受け取ったのは、運悪く戦闘中のガバナー「ショウ」であった。
敵の情報を売りたいから、EST(エマージェンシーサポートチーム)の契約に同意しろとある。
「そういう話なら本隊に繋げよなっ!」
コンバットヘルム内、目線の動きだけで画面を操作しメッセージを転送する。
その間にも、不気味な影が足元の木立を滑らかな動きで追ってきていた。
ショウの愛機「ストームエリミネーターV2」。飛行能力を持ったヘキサギアだが、既存の飛行型ヘキサギアほど最適化した機体ではなかった。アビスクローラーを現地改修で大きく組み換えエアフローターを追加したもので、速度も遅く長時間の飛行にも適していない。だから陸戦型ヘキサギアが相手でも、長引けば追い詰められるのは見えていた。
ショウの背後にぴったりとつけているのはやたらと不機嫌そうな二人組。ライトアーマータイプに身を包んだ女性兵士。もっとも扱う機体はそれぞれアビスクローラーの改造機とハイドストームと、あまり華やかさとは縁がない。
「ミミック・シュトローム」は森の中を這い、跳ねるように移動する。機体の挙動がアビスクローラーとは微妙に違い、まるで軟体生物の表面に装甲が貼り付いている様を想像させた。
一方でハイドストームは伸ばしたテンタクルアームを使って木々の間を枝伝いに移動している。
「ミミック・シュトロームへ、そいつは生かして捕えます。目的の物―――オールイン・ジ・アースのパーツを積んだ車両がどれなのか、聞き出します」
「了解。それでは二手に別れて追い込みましょう」
短い通信を終えると、ハイドストームは別方向へと消えた。
ミミック・シュトロームがストームエリミネーターV2のエアフローターに狙いを定め、マシンガンを発射する。
「あ、くそっ」
ストームエリミネーターV2は翼を翻して回避し、足元の地面を通り抜けた相手に対してマルチミサイルを放った。三角形のランチャーから発射された3発の小型ミサイルが次々と吸い込まれていく。
ミミック・シュトロームの装甲が派手にはじけ飛ぶ。しかしまだ終わってはいない。
2つの機影。一つはガンナードローン、もう一つはハイドストームに酷似した機体。
アビスクローラーに偽装していたミミック・シュトロームが本来の姿を現す。
「マジ!?」
『複数の照準を検知。状況はこちらが圧倒的に不利です。脅威は目前の機体だけではありません』
愛機のKARMAが警告する。
先の戦闘で敵部隊を退けた後、本隊は第4ゲートブリッジ手前で一度移動を停めていた。護衛部隊への補給と休息のためだった。
その間、警戒ラインを拡大するために飛行型ヘキサギアが各方位へ繰り出され、ショウはその過程で潜伏していた敵に捕捉されたのだった。
本隊は遠い。
ショウは先ほど連絡してきたメッセージに直接、音声で呼びかける。
「ゲイザーアイ、見てる!? 情報の件は後! 今すぐ援護!」
「即金で500,000CR」
即座に応答があった。通信に微かなノイズが乗っているのは傍受や逆探知を避けるために弱い電波出力で通信しているからだろう。思った通り、かなり近くにいる。
足元見やがって。だけど命には代えられない。
しぶしぶ認証を送ると領収の確認と共に銃声がこだました。ミミック・シュトロームから分離したガンナードローンが弾かれた様にそちらを探して上部センサーを巡らせる。
ゲイザーアイは姿を見せない。偵察や観測を主とした機体の為、正面戦闘するような火力を備えていないからだ。しかし今ここで重要なのは、ただそこに何かがいると敵に示すことだった。
敵の動きを牽制できれば、生き延びる目も増える。
ストームエリミネーターV2は大きく旋回してミミック・シュトロームの真上を取ると、こちらも二つに分離し大型のフライドローンと二足歩行の小型ヘキサギアへと分離した。
ショウを乗せた小型ヘキサギアは落下しながら全周にICSを展開する。次々と伸びてくるミミック・シュトロームのVICブレードが、橙色に輝くシールドに触れた瞬間に崩れ去った。
ショウの乗った小型ヘキサギアがミミック・シュトロームを蹴り飛ばす。
「相手が悪かったね!」
ミミック・シュトロームの背後に回り込んだ大型フライドローンは嘴を思わせるバイティングシザースを低く構え、灼熱を灯した碑晶質のブレードで数本のテンタクルアームをまとめて切断する。ミミック・シュトロームは残った腕で樹上に逃れると、ガンナードローンと共に森の奥へと引いていった。
着地したショウは大型フライドローンを森の上に出し、周囲を警戒させる。
もう一機、ハイドストームがいたはずだ。
(あっちのやつはどこだ?)
周囲は背の高い樹が密生し視界が悪い。さっきのはゲイザーアイの牽制とこちらの分離攻撃がうまく隙をついただけで、手の内をすべて出してしまった。このままハイドストームと戦うのは不利だ。
ショウは大型フライドローンを呼び戻して結合を試みるが、それは叶わなかった。
頭上に滞空する機体が機銃をショウに向けている。
どこからか長いテンタクルアームが伸びて、大型フライドローンにVICブレードを突き刺していた。
「……ゲイザーアイ、どこにいる!?」
ショウの問いに応答はない。通信はノイズを返すだけだった。
ランドも苦境に陥っていた。
榴弾砲の曳下射撃が次々に降り注ぎ、周囲の木々をなぎ倒す。
「まずはあなたから美味しくいただいてあげるわ」
崖の上で砲を構えるフレデリクの第2世代ヘキサギア「イワヅツ」が、疾走するゲイザーアイを立て続けに狙っていた。
「適当に援護してさっさとずらかるはずが……あの野郎、足を止めやがって!」
ゲイザーアイにはインパルス譲りの運動性もあるものの、その行く手を遮るように砲弾が落ちてくる。
生残性を高めようと装着したバルクアームαの装甲が重い。砲弾片の2、3発くらいもらったところで大したダメージにはならないが、つまらない損耗はしたくなかった。
この距離であれと撃ち合える火力はない。
いっそ崖を駆け上り接近戦に持ち込むか、このまま引くか……
そう考えていると、センサーが別の反応を捉えた。
森の小径をバイクの様な形状のヘキサギアが走ってくる。
明らかにランドに迫って来ていた。システムコンバートし四脚獣のような姿となると、あっという間に木々を駆け抜けてランドに襲いかかる。
「速い!」
ゲイザーアイは装甲と重量を活かした体当たりで迎え撃つ。ぶつかり合う2機は姿勢を崩しながらもなんとか地面に着地した。フォクサロイドの装甲は大きく凹んでいる。
機動力はフォクサロイド、火力と装甲はイワヅツの方が上だった。
応戦できる余地はない。
「ゲイザーアイ。一撃入れたらすぐに離脱するぞ」
『YES』
KARMAは短い言葉で答え、ゾアテックスモード特有の威圧感が高まっていく。
ゲイザーアイのランチャーからスモーク弾を連続して放つ。
ランドは煙幕の影に機体を隠し、弧を描くような軌道でフォクサロイドに突進する。直前で気付いたフォクサロイドが身を躱し、前腕に装備したマチェットを広げた。ランドを直接狙うマチェットの軌跡が走る。
ゲイザーアイはテイルアームを振り回して強引に姿勢を変えると、そのままフォクサロイドに肩から突っ込んだ。宙を舞うフォクサロイドから、ガバナー「ジョゼフ」が振り落とされる。
そのままこの場を走り去ろうと方角を見定めた瞬間、煙幕の中を何かが落ちてきて炸裂した。
多数の砲弾片を含む爆轟に巻き込まれ、機体ごと吹き飛ばされる。
痛みに悶えるランドはかろうじて目を開いた。
ゲイザーアイはフレームに深刻な損傷が出たのか、傷を負った獣のように横倒しになっている。操縦席に座ったままのランド自身も全身を鈍器で殴られたように動けない。
ただ爆発の瞬間、ゲイザーアイがとっさに姿勢を変えてランドを直撃から守っていた。
「ここまでか…」
目の前には、背中のヘキサグラムにVICブレードを突き刺され、身動きできずに宙に浮くショウの姿があった。コンバットヘルムを剥ぎ取られ、口の端から細く流血している。
その背後にはコンバットヘルムで顔を隠したライトアーマータイプがいた。ただのガバナーではなく、ハイドストームと直接接続している。テンタクルアームで持ち上げたショウを地面に投げ捨てると、ゆっくりと地上に降り立った。
コンバットヘルムを脱ぐ。長い髪を振りほどいた顔は女の人形のように整っており、一見すると生身の人間と見分けがつかない。
「お兄さんたち。逃げられると思ったの?」
横たわるショウがうめき声を漏らす。
「君はパラポーン・ミラーなんだね……」
アゴの下につま先を蹴り込ませて顔が見えるようにぐいっと上げる。
「かわいい顔してるじゃない。すぐには殺したくないから、答えてくれると嬉しいな」
「オールイン・ジ・アースはどこだ」
それまで人懐っこく語りかけていたミラーが別人のように冷たい声で問い、無表情のままショウに対する尋問が再開される。
「……無駄だよ、KARMAは自閉させた。開けるのに12時間は掛かる……その頃には、もう―――」
途切れ途切れの声に、重く湿った音が重なる。
その横でテンタクルアームが蠢き、ランドもゲイザーアイの操縦席から引きずり出されていった。
「こっちの子はダメみたいね。あなたは?」
背中にざくりとした感覚。ノイズまみれのコンバットヘルムの視界が暗転し、訳の分からない表示で埋め尽くされる。すぐにアーマータイプの制御を奪われて指先一つ動かせなくなった。
生命維持機能が狂い始め、呼吸が苦しくなる。みしりと嫌な音がした。
しかしランドには、リバティー・アライアンスの情報など知る由もないのだった。
「仕方ない。情報体にして洗い出すしかないか……」
立ち上がって横たわる二人に背を向け、その場にいたもう一人の人物に向けて優しく微笑みながら声をかける。
「ジョゼフさん。MSGに行きたいんでしょ? いい機会だから協力してください」
フォクサロイドのガバナー「ジョセフ」は、傷ついた愛機の横で呆然と立ち尽くしていた。
「プ、プロジェクト リ・ジェネシスの憲章では……情報体への転換を強制してはならないとあるぞ。望まない人間を情報体にするのは憲章に反するのでは……」
手を腰に当て、胸を張ってミラーは言う。
「これはSANATのためを思ってやっていることです。彼女は完璧だから、とても美しい存在だから、こういう仕事は誰かが代わりにやってあげないと。代行者だってそう言っています」
ジョゼフは拒否した。慌ててフォクサロイドを立ち上がらせる。
その背後でテンタクルアームがうねった。ハイドストームのVICブレードがそっとフォクサロイドに触れ、流れ込む悪性のプログラムが機体の中枢へと行き渡り易々と制御を奪った。フォクサロイドの人工知能がKARMAであれば少しは抵抗できたかもしれないが、独自規格の人工知能が仇となった。
今やハイドストームの意のままに操られる傀儡と化したフォクサロイドが、自機の損壊にも構わずジョゼフに突進する。
「残念ね。ワタシ達、お友達になれると思っていたのに」
弾き飛ばされたジョゼフは森の暗闇へと消えていき、告げた言葉は届いてはいなかった。