EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 13 廃トンネル
———リンクスとフリットのコンタクトから遡ること数時間前———
ウェイナー率いる戦闘斥候部隊はルート探索のため半ば木々に覆われた山道を移動していた。
アナデンから提供された一帯の地図には防衛上の理由から最初から空白や欠落が施してあったが、それでも地勢や施設の配置、路線図をみていけばある程度の推測はできた。
その予想に基づいて空白の中に秘された移動経路を探し求め、本隊とは別行動を取っていたのだった。建前上はオールイン・ジ・アースの残骸の輸送任務の護衛として持たされたグライフだが、信頼に足る戦力化ができるとはウェイナーには到底思えなかった。結局、本隊には旧知の傭兵を中心としたヘキサギア部隊を編成して張りつけ、自身はより安全な脱出ルートを模索している。
ウェイナーと共に行動するのは「アビスクローラー・ガーレ」「ヴァールハイト」そして2機の「アビステクター」。アビステクターはディフィニッションアーマーによく似た小型のパワードスーツタイプ。更にそれぞれが「アビステクター攻撃攪乱仕様」「アビステクター重装砲撃仕様」にカスタムされている。
ほどなくして第4ゲートブリッジからそう遠くない山中で地図に無い貨物用隧道が見つかった。
入り口は鉄柵で厳重に封鎖されているが、少なくともその入り口は本隊の大型トランスポーターでも余裕を持って通れそうなほどの高さと路幅がある。
地形と照合するとかなり長い隧道であるらしく、しかも周辺の施設や集落から察するに予想される出口もおおよそ脱出したい方角を向いているらしい。
ウェイナーは本隊に短い一報を入れながら、入り口に仕掛けられたセンサーを遮断して封鎖を破るよう指示した。無事に通過出来たら出口側でもう一度連絡を入れ、本隊をここに誘導することも視野に入れる。
索敵に優れたシバのアビスクローラー・ガーレを先頭にして慎重に進んでいく。
隧道設備への電力供給は絶えており、入り口が遠のいてしまえばあとは完全な闇だ。
「受動センサーの感度を上げろ」
投光器の類を使わないのはできるだけ目立たずに行動する為だ。なにか不自然な兆候を察知した場合には即刻後退するつもりだった。
それは突然現れた。
暗い隧道を進むウェイナー達の目の前に突如青白い励起光が溢れ、彼らの影が急速に細長く伸びていく。
「何だっ!?」
アーマータイプの汚染環境センサーが異常な数値と警報を発し、わずか数秒でトンネル内の気温が100度を突破、尚も上昇していく。高温によって引き起こされた気流は突風となって、機体もろとも坑道の湿った地面を転がる。と、ひと際強い光と爆音が起こったかと思うと、数値の上昇は止まり周囲は急激に元の暗闇に戻ってゆく。
誰かの漏らすくぐもった呻き声が聞こえる。
ウェイナーは熱と閃光で白く灼けた視界に、一瞬三つの見慣れた頭部のシルエットを見た。
「あれは……インパルス型?!」
我に返ったウェイナーは身構えると、騎乗するヘキサギア「ボルトレックス・リヴァーレ」がいつになく怯えた挙動を見せていることに気づく。
「この攻撃はまさか……レイブレードか!?」
たった今観測した全ての事象はそれ以外の結論を許さない。それは理解できる。
だが何故今、何故この場所で…? 先ほど目にしたインパルスの行動はまさしく狂気の所業だ。
「……こんな閉所で……くそっ、センサーが全部オシャカだ!」
途切れがちの悪態が響く。
次第に熱波も弱まり、吹き返しの風と共にノイズ交じりの荒れた視界が蘇ってくる。
流れる空気が茫洋とした青い光を孕んでいる。死の香りを振りまく青い鱗粉のような粒子。
隧道の一方の壁がクレーター状に赤く溶解し、その中心には長く深い溝が抉られている。
舞い上がった埃の向こうで、何かが蠢く。
「動けるものは前方へ突破、ここから脱出しろ! アレはヤバ過ぎる!」
ウェイナーは即座に退避を指示する。
「規格外兵器の相手なんかできるか! 言われなくてもそうさせてもらうさ!」
グラン・マクレガンのアビステクターは一足早く立ち直ると、ホイールローラーを使って隧道の奥へと疾走する。アビスクローラー・ガーレもその後に続いた。
「カーライルも行け! 退路を確保しろ!」
「了解した」
カーライル・ロッソのアビステクターもスラスターを使った小刻みに跳ねるような移動でマクレガン達の後を追った。
4本の足でジグザグに後進していたヴァールハイトがおもむろに足を止め、電磁投射砲・叢雲を構える。
「馬鹿野郎! 死にたいのか!」
振り返ったマクレガンがレインに向かって叫んだ。
「俺が時間を稼ぎますよ!」
まだ若いガバナーは自信たっぷりに言う。火力で敵を牽制するつもりだ。ウェイナーのボルトレックス・リヴァーレもその隣に並んだ。
辛うじて取得できた敵機の識別標識は、何年も前に“MIA”として処理済となったレイブレード・インパルスのそれと合致している。アレが亡霊の類でなければ、リバティー・アライアンスやMSGの管理から外れた規格外兵器がこんな場所に身を潜めていたという事だ。
闇の向こうからは何かを引きずるような音が反響し、ソレは徐々にこちらへと近づいてくる。
「来るんじゃねぇ!」
ヴァールハイトが立て続けに電磁投射砲を撃つが、まるで砲弾が怯えてしまったかのように狙いを逸れ、見当違いの場所に着弾する。
「な、なんで当たらねぇんだよ……」
射撃管制に使用するヘキサギアの各種センサーが、青い閃光の発生させた強力な電磁波の影響でハレーションを起こしているのだ。電磁投射砲自体も発射機構にダメージを受けている可能性がある。
ウェイナーは熱源探知を試してみたが、そもそも隧道に籠もった熱気のために全周のほとんどが赤く塗りつぶされてしまっている。しかし、アーマータイプのセンサーだけは辛うじて機能している事が確認できた。ボルトレックス・リヴァーレもウェイナーのそれに頼っているようで、彼の視線に合わせるように頭部やプラズマキャノンを巡らせている。
「構わん、撃ち続けろ! やつを近づけさせるな!」
続けて放った砲弾の爆炎の明かりに、強いコントラストを帯びた敵の姿を捉える。
それはインパルス型の頭部を三つ備えた異形のヘキサギアだった。その背にはガバナーらしき黒い影が取り付いている。
「こいつは何なんだ!?」
「ここはもういい、お前も先に行け!」
後方に待機していたアビスクローラー・ガーレのワイヤーキャスターが待ちきれないとばかりにヴァールハイトに絡みつくと、がりがりと火花を散らしながら引きずっていく。
『レイン。これ以上は』
「り、了解」
愛機のKARMA「シド」にまで言われては仕方ない。レインは電磁投射砲と後脚をパージして機体を逆関節タイプの軽量機形態へと変えた。
「ウェイナー、あんたも下がるんだよ!」
隧道の奥から、カーライルのアビステクターが軽マシンガンで援護射撃をする。マクレガンの機体もハンドグレネードを取り出して投擲の構えを見せている。
「よし!」
ボルトレックス・リヴァーレは放物線を描いて頭上を飛び越えていくハンドグレネードを見ると、踵を返して走り出した。
爆風と轟音が隧道内を満たす。
三つ首の怪物がそれ以上追ってくることは無く、あとには深い闇だけが残った。
隧道を抜けた先は短い橋になっていた。ここが終点というわけではなく、岩盤を切り裂くように走る深い渓谷の為に、一時的に外に出ているだけだ。
その橋が落ちている。
時刻は陽が落ちる頃。山際に細く残照がかかり、西の空には星が瞬きつつある。
「なんだったんだよ、あれ……」
「さあな、分からん。各自、損傷のあるものは報告しろ」
「最初の閃光と高熱でセンサー類が落ちた以外は問題ありません。再起動・調整してますが、配線そのものが焼けた奴はもう無理ですね」
「同じく。ウェイナー、こっちはあんたの影にいたおかげで直撃を浴びずに済んだらしい。命拾いしたよ」
「長距離通信のアンテナも焼けちまった。本隊とは連絡不能だ」
「……よし」
どのみち野戦工兵部隊を持たない本隊は架橋などできない。脱出ルートとしては不適ということだ。
ここからは生存し、本隊と合流することが目的となる。
「ここを渡るしかあるまい。ワイヤーキャスターを使え!」
機体を下りたシバがアビスクローラー・ガーレの装備するワイヤーキャスターから三基を取り外し、仲間の機体に装着していく。その間も手空きの機体が隧道に向かって散発的な牽制を続けていた。
小型のアビステクターは一基で2機分を割り当てられる。
「これ耐荷重量は大丈夫なの?!」
「ワイヤーとリールの強度は保証する。問題はそっちのマウントの方だろ」
ロッソがシバに文句をつけるが一蹴され、大人しく装着された。
閉鎖空間から出たことで高温からも解放され、汚染環境センサーも徐々に落ち着きつつあった。
ふと、ウェイナーはグローブに包まれた自分の手を見る。レイブレードの輻射に至近距離で暴露したにもかかわらずアーマータイプだけは目立った障害もなく機能を維持している。コンバットヘルムの外部感覚器こそ影響を受けたもののそれも一時的だったようで、いまは回復しつつあった。生命維持装置の類に至っては、一つの警告メッセージも出ていない。
しかしその一方で、後付けで取り付けた追加機材はほぼ全てが不調を来たし、装甲表面に書き込んだり貼り付けたりしたマーキング類はすべて焼け落ちてしまっている。
アーマータイプ……極限環境作業服……
考えに沈んだのはほんの数秒間。
顔を上げ、改めて谷をのぞき込んだウェイナーは橋の下に向けて反響定位装置を使用し、谷底までの距離や地形の確認を開始する。
「落ちたら一巻の終わりだな」
アビスクローラー・ガーレを先頭に順次ワイヤーを射出し、対岸へと飛び移っていく。
最後にロッソが、旧知の仲であるマクレガンと互いに支え合うように空中を渡っていった。
シバは各機から回収したワイヤーキャスターの再装填を確認する。
「装備の利用料はキッチリ経費で請求させてもらうからな」
「こっちだってあんなの二度と御免だよ……」
再び隧道に入った部隊は、ほどなくして新たな敵と接触した。
「上だ!」
マクレガンのアビステクターがマシンガンの斉射と共に跳躍し、襲撃を寸前で回避するとジャマダハル型ブレードを抜き放ち、後方ではロッソが阿吽の呼吸でセンサーが復旧しつつある愛機の二連レールキャノンを展開し支援の態勢に入る。
敵は隧道内の天井に開いた竪坑に潜んでいたらしい。
「ハイドストームをベースにした機体……しかもガバナーはイグナイト型。ヴァリアントフォースがアナデンの管理区域で何をしている?」
ウェイナーは度重なる不運を呪う。ベース機体の特性から敵はおそらくVICブレードを装備しており、伏兵の初撃をマクレガンが回避できた事は奇跡に近い。距離を取って戦うよう、仲間にハンドサインを送る。
だが、当の「ハイドクローラー」の方が跳躍して再び天井に張り付くと、誘うようにマシンガンのバースト射撃を振り撒きつつ隧道の奥へと移動しはじめた。
2機のアビステクターが左右に分かれ、十字砲火のフォーメーションで警戒しながら追跡する。
「怪物の次は猛毒サソリ……このルート本当にハズレっすね! アイツが出てきた竪坑にも何かの通信設備が設置されてるみたいですけど、念のため潰しておきますか?」
ウェイナーが目顔で答えると、レインは忌々しそうにサブマシンガンの短い斉射を放った。
秘密の巣穴への招かれざる客を前に、ハイドクローラーは隧道のさらに奥へと這っていく。
初撃で優位を取れなかったため、後退して立て直したいのだろう。となると奥には何かしらの仕掛けがある可能性も高い。
数で有利なウェイナー達としては、相手に時間を与えることなく追撃して撃破したいところだ。
「さあ、諸君。我々にはこの魔窟を突破していく以外に道は無いわけだが、準備は良いか?」
ボルトレックス・リヴァーレは左腕に装備した「ロータリーキャノン」を暗闇へと向ける。
ウェイナーの問いかけに対し、4人は無言で首を振るのだった。