EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 18 反撃
「レイブレード・グライフ」は大きく身を屈めると跳躍した。
長い車列を一気に越えて、最後尾で「クリムゾン・クロー」と対峙する「ブル・タスク」に襲い掛かる。高く掲げられたバタリング・タスクが届かないギリギリで頭上を通過すると、まずはフリットを狙って機敏に動く後背の自動機関銃を蹴り潰して沈黙させる。
そのままブル・タスクの背後に着地すると、素早く路面を蹴って側面にまわり込みクリムゾン・クローとの戦闘で亀裂の生じていた装甲に紫電を放つプラズマタロンを突き立て、一気に引き剥がした。
ぐらつくブル・タスクを見てクリムゾン・クローが右腕のスパイラルクラッシャーを掲げる。火器の類はとっくに撃ち切ってしまい、武器と言える物はもはやこれしか残っていないのだ。よろめきながら、それでもブル・タスクに正面からぶつかりその動きを抑え込む。
グライフはその機を逃さない。ブル・タスクの横腹に肩から激突すると、路面を削り取るような踏み抜きと共にエアマニューバスラスターを全開にした。
「う、うおぉ!?」
路面に削られ火花を散らすブル・タスクの巨体を橋の外へと一気に押し出す。
一拍の静寂の後、眼下の闇の底からひときわ重い落下音が響きわたった。
強敵との長い因縁のあまりにもあっけない幕引きに呆然とするクリムゾン・クローを橋上に残し、グライフは再び夜空へと飛び立つ。
橋周辺を俯瞰するグライフの周囲にモーター・パニッシャーが飛び回り、数を増やしていく。
「なんだ……? 何か妙だ‥‥」
フリットは違和感の正体を探し、飛び回るモーター・パニッシャーを見渡した。
先ほどまであれだけ激しく攻撃していたトランスポーターや他のヘキサギアが今は全く目に入らない様子で、グライフを中心に渦巻くように飛行している。
行動も不可解だが、更に異様なのはその姿だ。バイティングシザースの片方が欠けたもの、グラップルアームを全て失ってなお戦うもの……昆虫に近い形態で発現するゾアテックスは往々にして部位の異常や損壊に無頓着だが、それらに混じってまるで複数の残骸を強引に接ぎ合わせたような歪な“何か”が複数、生気の無い虚ろな眼でこちらをのぞき込んでいる……。
フリットの脳裏に真っ先に浮かんだのはアナデンの山中で戦ったハイドストームの姿だった。複数の機体を無秩序に結合していった結果、ひどくバランスを損なったあの姿に似た異様さを感じ取る。違いがあるとすれば、意志ある中枢をそこに持たぬまま空疎に動かされているように見える点であり、騎乗するセンチネルまでもが糸の切れた操り人形のように力無くくずおれている。
「今は考えている場合じゃないな。……やるぞ、アルバトロス!」
機体後部から小型フライドローンを射出し、接近しようと包囲の輪から突出したモーター・パニッシャーを端から撃ち落とす。グラップルアームを開いて近づこうとした一隊が四方から光の矢を射かけられバラバラと破片を散らしながら墜ちていく。
次いで包囲の中心で大きく振り上げられた光の翼刃を恐れてか、距離を取ったモーター・パニッシャーの輪が一段広くなる。だがここでも個体によって反応に大きな開きがある。異形が進んだ個体ほど危機に対し鈍感で、自己保存の意思というものが感じられない。かまわず突撃を試みた十数機が光刃に焼かれ、崩壊したヘキサグラムエレメントの粒子と共に虚空に消える。残ったモーター・パニッシャーたちは意に介した様子もなく、再度包囲を開始する。
飛び交うモーター・パニッシャーの隙間から覗く遥か彼方の山間に、断続的に小さな光が起こる。
砲撃手はどうやら優先順位を変更したようだ。正確に飛来した数発の砲弾をオーバーレイウイングで消滅させると、強引にモーター・パニッシャーの渦を抜けふわりと空に舞い上がる。上昇する足の下を追うように鋭い砲弾が掠め、あろうことか射線の先に居たモーター・パニッシャー数機を巻き込んで背後の断崖に着弾する。
「敵砲撃、方角と距離!」
砲撃の標的がトランスポーターから自分に移ったのだとしたら、むしろ好都合だ。まずはあれをどうにかしないと、トランスポーターは移動もままならない。
それに当面の脅威を排除するためとはいえ、ここでオーバーレイウイングを展開した影響も気がかりだった。汚染環境センサーは危険域の警告を発し続け、このままでは守るべき友軍まで滅ぼしかねない。トランスポーターでは未だ負傷者やヘキサギアの収容が続いている。戦闘が回避できないのであれば、自分は一刻も早くこの場を離れるべきだ。
グライフは射線を回避するように螺旋の軌跡を描き上昇しながらフライドローンを回収すると、高度100mほどで第4ゲートブリッジを離れ、砲撃予測地点へと移動を開始する。
振り返ると、ねじくれたモーター・パニッシャーの群れも後を追ってきていた。
「よし! こっちに食いついた」
速度は追ってくるモーター・パニッシャーとつかず離れず、狙撃者からの射線は切らずに鋭敏な感覚で砲撃を回避しながら飛翔する。
「このまま行けるか……」
空中機動と格闘を組み合わせたグライフの戦闘スタイルは、フリットの想像以上に多くのエネルギーを消費していた。レイブレードやオーバーレイウイングの使用によって物理的に消失するヘキサグラムも見込むと、グライフはあとどの程度全力で戦えるのか。
アルバトロスが戦況推移の予測とエネルギー消耗率の計算を幾つか出したが、いずれも芳しい物ではなかった。
「力尽きる前に……全てカタをつける!」
操縦桿を通してフリットの決意を感じ取ったかの様に、翼獅子は強く一打ち羽ばたいた。
「前方の障害物、撤去完了! トランスポーターが通れるだけの幅はぎりぎり確保したぞ」
「周辺の敵ヘキサギアはほぼすべてがグライフを追っていったようです」
「よし、出発するぞ。グライフのモニタリングは絶やすな」
生き残ったトランスポーターは隊列を組みなおし、瓦礫や残骸を避けて橋上を再び動き始めた。まだ動けるヘキサギアがトランスポーターの上で周囲の警戒を続けている。
橋の終わりはまだまだ数百kmは先だ。だがグライフが敵の砲陣地に突撃したことで敵もそちらの対応に追われ、こちらに積極的に手を出せる状況ではないはずだ。
リンクスは乱雑に並んだ簡易ベッドの上で治療を受けながら、フリットのことを気に掛けていた。
「あいつ……結局、グライフに乗ったのか……」
慌ただしく走り回るエンジニアたちの中、一人落ち着いた顔をした男がリンクスの元へと歩み寄る。
アレクサンダー・マーフィー。リンクスと同時期にリバティー・アライアンスに入った男だった。
「戦闘に関しては何も心配していない。ブルー中尉のような適性はないと、本人は言うけどね」
「あいつはレイブレードを扱った経験がない。空戦型ヘキサギアもだ」
「彼は勘が鋭い。アルバトロスもついているさ」
「状況判断も未熟だ」
「それでも、ゾアテックスでさえ予見し得ない何かに気づく感性がある。現にこの混乱した状況下、疲弊しきった身で更なる一手を提案していったしね」
ゾアテックスの超直感よりも高精度な感性だと? そんなものが人間にありえるのか。
「生命が持つ危機察知能力というのは今でもあまり解明されていないけれど、フリットのそれは他のガバナーと少し違う」
マーフィーはアルバトロスから複写しておいた戦闘データを眺めながら続ける。
「本人は無自覚ではあるもののKARMAよりも先に危機を察知し、それを回避してきている。非常に面白いデータだ。これがヒトの生存本能というやつか……」
強い鎮痛剤で意識が朦朧としてきたリンクスは、マーフィーの言葉を聞きながら眠りに落ちていく。
「戦闘能力の心配はしていない。けれど確かに彼には甘すぎるところがある。それだけは心配かな」
〈後方より照準を検知〉
グライフを追ってくるのは、モーター・パニッシャーの群れだけではなかった。
透き通った碑晶質の翼を持つ飛行型ヘキサギア「ボルトレイブン」だ。
背後から撃たれたレーザーを躱すと、グライフは翼を翻しボルトレイブンの真上へと遷移した。
「ブレードに気を付けろ!」
ボルトレイブンは背面で鈍く光るテイルブレードを展開し迎え討つ構えを見せる。だがグライフはプラズマタロンの一振りで打ち払うと、返す一撃でブレード基部のフレームごと破壊した。
ボルトレイブンは損傷によって重心を大きく狂わせられたにもかかわらず全身のバランサーを駆使して機体を立て直すと、速度を増しながらもつれるようなドッグファイトへと突入する。
認めざるを得ない。このガバナーは空の飛び方、空での戦い方を知っているのだ。
「さすがに魔獣と呼ばれるだけはあるな。じゃあこんな芸当はどうだ?」
ボルトレイブンのガバナーは一言そう呟くと機体を大きく上昇させた。そしてグライフの上を取るやいなや、先ほどまでの猛禽類のようなシルエットを一変、ベース機であるボルトレックスのような形態を取る。
「空中で……格闘戦だと!?」
先ほどまで優美な翼を形成していた碑晶質のブレードを今は猛獣の爪のように振りあげ、グライフの背に跨るフリットめがけて襲い掛かる。
グライフは咄嗟に機体をロールさせて背面飛行になり紫電を纏うプラズマタロンでブレードを受け止めると、組み合った姿勢のまま回転しながら急降下していく。
「そのままだ! ブレードを…押さえていろっ!」
フリットは強風に煽られながらアーマータイプ背面の長大な剣器に手を掛けると、座席を蹴って機体を駆け上がりボルトレイブンに飛び移った。格闘するヘキサギアの上で、新たにガバナー同士の戦闘が始まる。
ボルトレイブンのガバナーは素早く機体頭部側面に搭載された2連レーザー砲へと手を伸ばすが、フリットの方が一手速い。
両腕の人工筋肉が膨張し、振り下ろされたスパーダ重質量弾がパラポーンの肩口を袈裟切りにする。重く長大な剣器の勢いは止まらず、切っ先に砕かれたブレードが爆ぜ飛んだ。
「アルバトロス!」
フリットの声に合わせてグライフがボルトレイブンを蹴り飛ばす。フリットはスパーダ重質量弾を背負いなおしながら空中に躍り出た。グライフが掬い上げるようにフリットの身体を受け止める。
ボルトレイブンは再び翼を開くが、よろめくように降下して夜の森へと姿を消していった。
グライフもまた格闘戦で高度を失い、地表が目前にまで迫っていた。大きく羽ばたいて上昇に転じようとしたその時、アルバトロスのセンサーが遺棄された一体のヘキサギアを発見する。
『スケアクロウ型ヘキサギアを発見。ヘキサグラムの回収を提案します』
フリットは後方を振り返る。
モーター・パニッシャーの群れは依然こちらを追跡しているがまだ少し距離があり、また加えて高度が下がったことで遮蔽が確保されていたためか例の砲撃も一時的に止んでいる。
グライフはグラビティコントローラーを併用し巨体に似合わぬ軽やかさで大地に降り立った。
擱座した青色のスケアクロウ。どれほどの年月放置されていたのか分からないほどに朽ちた機体には、掠れて消えかかったアナデンの旧い記章が見てとれた。戦闘用ではなく作業重機として使用されていたらしく、辺りには資材やスコップなどが散乱している。
フリットはグライフを降りると、スケアクロウのストレージから基底状態のヘキサグラムを取り出しグライフの空白となった装填孔を満たしていく。
これでまだしばらく飛べる。
戦える。
フリットは現在の戦況を確認する。モーター・パニッシャーの襲撃と執拗な砲撃を免れた本隊のトランスポーターは無事体制を立て直し移動を再開できたようで、既に10kmほど進んでいる。まだ小規模な交戦は続いているがあちらは大丈夫だろう。
「さて……そろそろ頃合いか」
アルバトロスが一帯に潜む友軍へ向けて用意されていたメッセージを送信、同時にEST(エマージェンシーサポートチーム)に一件の依頼をアップロードする。
〈件名:狙撃者へ〉
先日の黒い獣の狙撃には敬意を表する。
その腕を見込んで、改めて支援を要請する。
指定座標にいる脅威を速やかに排除してもらいたい。
報酬は……
「あらら。こっちが誰かまでバレちゃってるんですね」
メッセージの受取人は「ヘルガ」、黒い賢狼「インパルス・レイフ〈ブラックマンバ〉」のガバナーだ。
「ドレッドノートはこちらに任せる、か……。グライフのデータは色々取らせて貰いましたし、その位はいいでしょうか。期待には応えないと粋じゃない、ですね」