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WORLD ヘキサギアの世界

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EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 21 カーツワイルのオーバーチュア

どれくらいの時間が経っただろうか。
敵の飛行型ヘキサギアがほとんどこちらに食いついたまでは良かったのだが、同時にモーター・パニッシャーの執拗な追跡も途切れることなく続き、それを振り切ろうと足掻くうちにヘキサグラムのエネルギー残量もいつしか半分を下回ろうとしている。
だが敵部隊の誘引には成功したようだ。
夜明けが近づくにつれて空が菫色に変わりつつある頃、フリットとアルバトロスは第4ゲートブリッジ上の本隊が無事に安全圏に到達したと連絡を受けた。

『被害は甚大ですが、なんとか脱出に成功したようです』

アルバトロスの報告を聞いて胸をなで下ろすフリットだったが、その鋭敏な直観は周囲の微妙な変化を感じ取っていた。
先ほどまで執拗に追ってきていたモーター・パニッシャーの群れが消えている。
諦めたのか……? だがまだ嫌な予感は消えない。

 

『前方から接近する飛行物体を光学で検知。相対速度……』
「小さいな。無人機か?」

コンバットヘルムの視界に映し出されたのは、ガバナーが乗っているとは考えにくい程に小型の機影だ。
飛行速度は低速で、「レイブレード・グライフ」と渡り合えるようなものではない。
もちろんレイブレードを使うまでもなかった。頭部に搭載した機銃で撃墜する。
すれ違いざまに破片をまき散らしながら墜落していく機体を見てもやはりガバナーは居ない。というより機体その物がガバナーほどの大きさしかない。形態はある種の昆虫のようだが、見たことのない機種だった。後方に伸びた翅と大きく発達した後肢が特徴的に映る。
撃墜した謎の小型ヘキサギアを観察するフリットの視線の先で、後方の山林と思われた黒い塊が一瞬ほぐれるように沈み込むと、山鳴りにも似た羽音と共に一斉に飛び立つ。
悪い予感がした。

「アルバトロス。このまま振り切るぞ!」

操縦桿のグリップを握り込み、機体に緩降下の姿勢を取らせて増速する。
ぽつりぽつりと冷たい細雨がアーマータイプに落ち始めた。
もう少しだ。ここを乗り切れば仲間の元へ帰れる。
しかしフリットの希望を打ち消すかのように周囲の色に変化が現れる。
正体不明の小型ヘキサギアの群れは後方だけでなく前方からも現れはじめ、雲霞の如く行く手に立ち塞がる。
いつしか空までが重い暗灰色に翳り、フリット達の行く末を暗示しているようだった。

 

正面に飛び込んできた小型ヘキサギアを、すり抜けざまにプラズマタロンで十数体続けざまに引き裂く。脆い。単体で見ればレイブレード・グライフの足止めにもならない。
しかし数が厄介だ。もはや数える余裕もないほどに増加している。
アルバトロスが警告を発した。機体各部に異常な荷重が発生している。
振り返ると、数体の小型ヘキサギアがグライフに取り付いていた。奴らはグライフの隙をついて我先にと機体に取りつくと、頭部に備えた大顎状の破砕装置を盛んに動かし咀嚼を開始する。機械の獣であるはずのグライフが、文字通り“食われて”いる。機体を振って敵を振り落とそうとするも効果はなく、逆にそれで速度が落ちたところへ新たな小型ヘキサギアが群がってくる。
奴らは単なる個の集合ではない、群体すべてが連動した巨大な一つの意思を持って動いているのだ。
見る間にグライフの装甲やフレームが無残に食い荒らされていく。
フリットは背負っていたスパーダ重質量弾を手にした。グライフの頭部に齧りついた数体を薙ぎ払ったところで、飛来した別の個体群がその鋭い刃すらも齧り始める。急激に重量を増した剣器を支える握力はすでになく、取り落としたそれは遥か後方へと流れ去っていった。
フリットは肩で息をするほどに消耗している。連日の戦闘で疲労と肉体的ダメージが蓄積していたところでグライフに乗り換えたのだ。慣れない飛行を続けているだけでも体力が削られる。アーマータイプの表面を叩く雨はフリットの焦りを象徴しているかのようだった。

「くそ……」

雨の音がうるさい。視界に水滴が流れ、滲む。

「まとめて一掃するぞ」
『了解』

グライフの背から伸びた大翼にヘキサグラムのエネルギーが優先的に配分される。翼端で発生したレイブレードのエネルギーが無色透明の碑晶質に流れ込んで表面に文様が浮かび上がり、巨大な青白い光の翼を形成した。
触れたものを跡形もなく消滅させるレイブレード。放散するそのエネルギーを偏向させたオーバーレイウイングの巨大な光の翼が羽ばたく。
翼を齧っていた個体群が真っ先に消滅し、周囲を飛び交っていた個体も翼が持つフィールドに近づいただけで次々と焼け落ちていく。本来は非実体型防御システムを構成する複合兵装だが、このような使い方もできる。数度の羽ばたきは近距離の敵を一掃した。
しかし、既にグライフの胴や四肢に取り付いた群れには届かない。尾部のラジアルブースターの一基が小爆発と共に欠落し、煙の尾を引きながら宙を舞った。

『ヘキサグラム消耗率増大』
「はは、だよな……」

フリットの声は危機的状況の中で虚勢を張るように明るかった。
その時、コンバットヘルムにMSGの電子標識が浮かび上がる。誰だ。

「勇敢なガバナー。ここまでよく独りで戦った。だが諦めたまえ」

静かな、しかし確かな自信を感じる声色が響く。
表示された発信者の名は「ブライト・カーツワイル」。

「間もなくヘキサグラムが尽き、その規格外兵器も使えなくなる」

軍産複合体MSGの総帥。ヴァリアントフォースを発足し、SANATの代行者を名乗る男。
リバティー・アライアンスと敵対する人物の筆頭だった。

「私の放ったヘキサギア「オーバーチュア」の姿はどうだね。群体を以て一つの流動する個を成す。プロジェクト リ・ジェネシスを体現しているようで美しいだろう……」

無言を続けるフリットを気にする様子もなく、ただ独り淡々と語るカーツワイル。

「如何に強力な牙や爪を持っていたとしても、それだけでは圧倒的な数に対して意味を為さない。だからこそ知性を得たヒトは文明を築き、獣は淘汰されてきたのだ」

 

「判るかね? 君達の健気な抵抗は全て無に帰した、ということだよ。ガバナー」

 

カーツワイルはそう告げると一方的に通信を切った。
アルバトロスが全方位からの攻撃を警告する。エネルギーが続く限り飛び続けることはできる。しかしどこまで保つか。
機体の蚕食が止む気配はない。

「アルバトロス……俺は覚悟を決めたぞ」
『フリット。私は貴方の意思を肯定します』

フリットが選択したのは、残ったラジアルブースターとベクタードスラスターによる、現状最大限の加速。まずはオーバーチュアの包囲を脱し、できるだけ遠くまで飛ぶ。前後、上下、左右の全てから迫るオーバーチュアを躱し、ようやく一つの群れから抜け出す。次から次へと現れる新たな群体に対して、フリットが今切れるカードはグライフの持つ圧倒的速度だけだ。
しかししつこく取り付く個体の留まるところを知らない暴食に次第に機体は傷つき、やがて高度の維持すら厳しくなっていく。
ヘキサグラムエネルギー残量は、一桁目前にまで低下している。

 


 

「まずいわね……グライフが墜ちる」

漆黒のヘキサギア「インパルス・レイフ」とガバナー「ヘルガ」はどうにもできない状況に歯噛みする。彼女たちは先の戦闘ですべての武装を使い果たし、あまつさえ共振励起まで使用した結果、いまようやく歩き出せた状態だ。結局あの黒い獣「スラストハウンド」との決着もつかぬまま、ガバナーは最後に「また会おう」と不穏な言葉を残して去った。ヘルガたちもまた、最低限の装備だけを回収しこの場を離れるつもりだった。

『だが、グライフの情報を持ち帰るという任務は果たした。外観や運動性、汚染レベルの変動から推察できる情報だけでもかなりの価値だ』

言いながら、インパルス・レイフの望遠視界はレイブレード・グライフと周囲に群がる脅威をトレースし、記録を続けている。

『如何に我でもあの数を撃ち落とすのは容易ではない』

インパルス・レイフのKARMA「シフ」が告げる。

「リバティー・アライアンスの守護獣も今回ばかりはダメなのかしら……」
『仕方あるまい。だがこれで如何に単騎が強力であっても、高密度に協働する部隊戦力には及ばないということが改めて証明された』
「そうかもしれない。でもできるだけ……最期まであの強くて美しい姿を見届けたい」

ヘルガはため息をつきながらもホログラフィックプロジェクターを起動する。

「いつでも逃げられるように準備だけはしておきます。退路の検討を始めて頂戴」

 


 

グライフは全周から襲う暴威に晒されながらそれでもまだ飛行を続けていた。残されたエネルギーを振り絞る様に展開した光の翼がオーバーチュアの群れをいくつかまとめて飲み込む。しかしその青白い輝きも心なしか弱まってきている。
絶望的な状況の中、フリットはふと周囲一帯の空気が大きく振動したような感覚を覚える。
何だ? このプレッシャーは……
これまでどのような戦場でも感じた事がないような畏怖の感情がこみ上げる。自分たちに待ち受ける結末を予期してのことか?
いや、そうではない。途轍もない何かと対峙しているような畏れを感じる。フリット達を包む暗灰色の空気は変わらず、ただただ冷たい雨を次々に地面へと走らせていた。

『ヘキサグラム充填率、残量7%』

スケアクロウから回収したヘキサグラムのエネルギーもほとんど使い切った。オーバーレイウイングで使用した分はそもそも崩壊してしまい回復の見込みなどない。
現状から脱出できたとして、リバティー・アライアンスの管理区域まではまだ直線距離で100km以上離れている。第4ゲートブリッジから敵を引き離すために迂回するような経路で飛行したためだ。
機体は傷だらけで、翼は今にも折れそうなほどに損傷している。

「!」

突然走るひと際強い怖気に、フリットの意識が地表へと吸い寄せられる。そして何者かの視線を感じた瞬間、フリットとアルバトロスの意識は真っ白に飛んだ。何も見えず、何も聞こえない。
はじめは落雷を疑った。だがフリットの感覚は、轟く獣の咆哮———その残響を確かに捉えていた。
フリットの身体はピクリとも動かせず、恐らく同じ状態であろうレイブレード・グライフと共に消えゆく励起光の尾を引いて奈落の底へと墜ちていく。

時を同じくして、フリット達を執拗に追っていた全てのオーバーチュアまでもが同じく機能を停止し次々と落下していく。彼らの食餌の時間もまた、唐突に幕を閉じたのだった。

 


 

「どうしたの、シフ?」

ヘルガが、グライフが視界から去るのを見届け移動しようとしていた時だった。
シフが立ち竦んでいる。
インパルス・レイフは、まるで自分よりも遥かに強力な存在に睨み付けられたかのようにその場から一歩も動き出せずにいた。
プライドの高いシフがここまで怯えるなんて。

「任務終了。帰投するわよ」
『……了解』

一呼吸の間を置いて答えたインパルス・レイフは、静かに駆けだした。

 


 

圧倒的な力で敵を屠り、出来上がった残骸の山の上で“男”は休息をとっていた。
彼は大きな力を使った。
インペリアルロアー
かつてオール・イン・ジアースが放ったあの兵器。
結晶炉の獣人と呼ばれ、どの陣営にも属することのないはずの彼がこの状況に一石を投じたのだ。

『グライフが生き残れるかどうかは、彼ら次第だな』

そう独り言ちると、傍らの重二輪に跨り“最後の仕上げ”に向かうためにその心臓に火を入れた。

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