EX EPISODE MISSION02
[魔獣追討]
Chapter: 24 憤怒
『オーバードースの動向を監視し、作戦終了時にはこれを破壊せよ』
これが、彼がパラポーン・エクスパンダーNo.43から受領した指令だった。
大型の蟲を思わせる歪な躯体をせわしなく動かし、しきりに何かを探しながら道を進む「オーバードース」。
どう見てもまともではないこの機体は、探索任務に限定すれば有用という代行者の判断で処分を免れた実験機の類であるらしい。機体制御には特殊な調整を施したSANAT代理体を使っているようだがジェネレーターシャフトのアーカイブにその記録はない。
「スパルタン・ライノス」のガバナー「ニグム」は意志の疎通すらできない異形のヘキサギアに不安を覚える。憲章に忠実なエクスパンダーがこれを放置している現状はにわかには信じ難かったが、この不可解な任務には一兵卒である自分には開示されない機密が隠されているのだろうと解釈した。
作戦終了時の破壊処分。
確かにスパルタン・ライノスの火力なら可能だろう。だが……
そもそもコイツは何を探している?
この地での軍事作戦開始から既に数週間が経過し、ヴァリアントフォースが目標として掲げた二つのうちの一方、レイブレード・グライフは既に墜ちたと聞いている。
その報を受けた今も作戦が継続している以上、もう一方の目標物であるオールイン・ジ・アースの残骸を追っている、と考えるのが自然だ。
しかし……仮にそうであったとして状況を俯瞰した場合、行動開始当初から一定しないオーバードースの移動経路は明らかに異常であり、コイツが追っているものが“全く別の何か”なのではないか?という疑念を拭い去る事が出来ない。
現在地は片側に深い渓谷を見晴らす狭い一本道だ。どこまでも続いていそうな緩やかな丘陵は草木も少なく、乾いた岩石ばかり。もはや見慣れたこの地方特有の灰色の曇り空には、偵察・哨戒役として要請した「フェザーシーカー」がゆったりと旋回している。
オーバードースの監視を続けて三昼夜が経過し、友軍主力がいる渓谷からもずいぶんと離れてしまった。
「こんなところに何があるというんだ?」
ニグムのセンサーはまだ何も検知していない。50mほど前方に、放縦そのものの様子で地を這うオーバードースがいるだけだ。ニグムが搭乗しているスパルタン・ライノスのそれも同じ反応だった。
しかしそこからさらに数キロほど進んだところで、スパルタン・ライノスのゾアテックスが何かを察知し、警告と共に戦闘態勢を取る。
同時にフェザーシーカーも正体不明の陸上移動体を捉え、ニグムに情報を共有する。
横手から派手に砂埃を巻き上げ近づいてくるものがいた。
「ライノス。出迎えてやろう」
近づいてくるものが何者か、まずは確認する必要があった。
それにちょうど暇を持て余していたところだ、遊んでやろう。
機体後部のコンテナが開き、ミサイルが撃ち上げられる。フェザーシーカーから相手の位置情報を得て遠隔誘導する。もし相手が運動性能の高い第三世代ヘキサギアであれば、これだけ開けた場所では回避のために大きな運動をするだろう。上空のフェザーシーカーから共有される視界へと意識を注ぐ。
目標へ直進したミサイルが爆発し、轟音が響き渡る。
その爆炎の中から、一切スピードを緩めることなく飛び出したものがいた。
ゾアントロプスは荒野を疾走する。
レッケージで組み上げた重二輪が重く太い嘶きを上げる。ヘキサグラムストレージから余剰エネルギーの奔流が噴き出し、炎の弾丸となってますます加速していく。
前方にいる2機のヘキサギアをバイザー奥の赤い眼が捉えた。
最初に反応したのはスパルタン・ライノスだった。ゾアテックスのもたらす獣性がいち早く脅威を察知し、防衛行動に移る。牽制のミサイルを発射しつつ二門の大型ガトリング砲を突撃してくるバンディットホイールに向け猛射を始めた。
炎の蛇のような斉射が重二輪を追跡し、外装を粉砕して吹き飛ばす。しかしゾアントロプスは車体のダメージを一切意に介さず突撃し、まるでスパルタン・ライノスなど眼中にないかのようにオーバードースの横腹に突っ込んだ。
オーバードースはかろうじて踏みとどまったものの、痛みに鳴き叫ぶようにのたうちまわる。
「おい!」
悶えるオーバードースに駆け寄るスパルタン・ライノスだったが、その行く手を遮るようにバンディットホイールから降りた獣人が立ちはだかった。
「……構わん、轢け!」
頭部から伸びる一本のバタリング・ラムをまっすぐ突き出し、重い足音を響かせて突撃する。
だがゾアントロプスは衝突の寸前、両手でバタリング・ラムの先端を掴み取ると、両足を大地にめり込ませながらその質量を受け止めてみせた。
「まさか……こいつがエクスパンダーの目的か!」
ニグムが思わず溢した言葉には反応せず、ゾアントロプスはその体躯を変化させていく。
両腕のパワーアンプに呼応して大きく肥大化する上腕。凶暴な力が更に膨れ上がり、全身からは青白い励起光を発し始める。
共振励起。
衝角攻撃を考慮して特に重厚に設計されたスパルタン・ライノスの頸部フレームが、血しぶきの様な火花を飛び散らせながら捻じれていく。
機械であるはずのスパルタン・ライノスが恐慌をきたしたかのように暴れはじめ、操縦席から振り落とされたニグムが太い脚で蹴り飛ばされる。その間もバタリング・ラムを押さえ込むゾアントロプスの手はギリギリと捩じりあげられていき行き場を失ったガトリング砲があらぬ方向へと乱射される。頸部フレームがゴキリという鈍い音を響かせた頃には残弾すべてが撃ち尽くされ、カラカラと音を立てる砲身は真っ赤に焼きついていた。
うなりを上げて回転していたガトリング砲の沈黙を見届けたゾアントロプスが、軽く手首を返すだけの動作で巨体を地面に引き倒す。その躯体はまだもがくように空を蹴っていたが、興味を失ったように背を向けると傍らで長い機体を折り曲げのたうつオーバードースへと向き直る。
『不快な蟲め』
自分をしたたかに打ち据えた相手の姿を捉えたオーバードースは、やにわに立ち上がるや周囲に通信を妨害する濃霧をまき散らした。
躯体構造を折りたたむようにシステムコンバートし、霧の中へと身を隠す。蠢く装甲の隙間から垣間見えたのはセンチネル型アーマータイプを装備したガバナーの姿。白い闇の向こうから、機体に取り込まれたガバナーが漏らす微かなうめき声が途切れ途切れに聞こえてくる。
「いや……いやだ……アァ……」
オーバードースのガバナーとSANAT代理体の主客は完全に逆転してしまっていた。
濁った霧の向こう、長い腕の様に変貌したオーバードースの尾が、ゾアテックスによる非機械的で不規則な動きでグネグネと蠢めく。
瞬間的に遠心力を使って加速された尾の先端、手刀のように束ねられたテイルソードが霧の中からゾアントロプスの背後を襲い、激しい衝突音が木霊する。ゾアントロプスは死角からの一撃を大鉈で受け止めるも、その体はオーバードースの長い尾に絡めとられてしまっていた。
憎らしい相手を捕らえた喜びに身を震わせながら、そのまま強く強く締め上げる。
「っっ!」
グシャリ、と何かがつぶれる嫌な音が響く。しかしそれはオーバードースの体内からだった。一瞬ビクリと脈動したオーバードースが何事もなかったかのように再び蠢きだし、その背からは絡みつく補器類とともに人型の塊が吐き出される。
……ガバナーはすでに息絶えていた。
長い尾の中に抱きすくめたゾアントロプスを新たな臓腑として取り込まんとしてか、無機質な眼に不気味な情愛を爛々と輝かせるオーバードース。大きく開いたその背甲は空虚に飢えているかのようにぎちぎちと不気味に動いている。
『お前のような害虫をSANATが認めることはない……』
オーバードースが耳をつんざくような奇声を上げる。力任せに引き千切られ、なおビチビチと跳ねまわる尾がゾアントロプスの大鉈「リムーバー」を突き立てられてようやく動きを止めた。
ヘキサグラムを六角柱の基底状態にまで引き戻され、結合の解けた体節がばらばらと散乱する。
尾を失ったオーバードースは更にシステムコンバートを重ねて祈りを捧げる蟲の様な姿を取った。
長く伸びた大鎌を音速を超えるスピードで縦横に振るい、霧をかき乱して襲い掛かる。並のガバナーであったなら容易く両断されていただろう。しかしその大鎌は獣人の姿を捉えることはできない。
大鎌を潜り抜け懐に入った獣人の拳がオーバードースの胴体に深くめり込む。
そのまま駆け上がるように正中線に何発、何十発もの拳を叩き込んだ。
装甲は砕け、ガバナーを棄てて空っぽになった胴体が潰れていく。
そして、先ほどの礼だとばかりに手刀に固めた両のアイアンネイルを首元に突きこむと、巨大な蟲は駄々をこねる子供の様に暴れ、白い液体を切れ切れに噴出しながら身を捩って大きく後ずさった。
蟲は再び地を這う姿に変わり、自らが吐いた霧を抜けてその場から逃げ出そうとする。
獣人は二振りのリムーバーを連結して一本の武器とし、仕留めに掛かった。
『ヒトを喰らい、自らの傀儡とする機械など存在して良い訳がない』
せわしなく肢を動かして走り出したオーバードースを青白い励起光を発する獣人が追う。
いつしか脚部の人工筋肉が作り変えられ、構造までもが獣のそれに変化していた。
その眼には激しい憤怒が宿り、規律を破る者に獣人の咆哮を浴びせかける。
オーバードースが耐え難い恐怖に委縮する。一瞬動きが鈍った瞬間、その背にはリムーバーが深く突き刺さっていた。
ゆったりと歩み寄ったゾアントロプスが、自重を載せてリムーバーを更に深く押し込んでいく。
二本のリムーバーを繋げた大鉈はオーバードースの背中から頭までを一気に割き、獣人はおぞましい害蟲の駆除を終えた。
バンディットホイールの痕跡を追ってたどり着いた「パッチマン」は、まだ熱の残る無数の焼け跡や乱れた轍、踏み荒らされた足跡を発見した。
「本部へ、こちらパッチマンだ。ゾアントロプスを発見、追跡するも捕捉できず。ただし戦闘らしき痕跡を発見。直近のもの……一時間以内かもしれん。付近に動くものはない」
「了解した。いつまでもアナデンの管理区域にいる訳にはいかない。帰投してくれ」
その上空では、一部始終を監視し続けていた小さな飛行型ヘキサギアが機首を巡らせ、静かに飛び去っていった。